2.「人生は“手段”じゃなく“目的”で決まると知った話」
■ 生まれと幼少期
僕は2004年1月、神奈川県座間市で生まれました。
当時は髪の毛が少し金髪っぽかったらしく、母は「旦那さんロシア人ですか?」と何度も聞かれていたそうです(笑)
ちなみに、純日本人です。
■ とにかく寝る赤ちゃん
赤ちゃんの頃の僕は、とにかくよく寝る子だったそうです。
一度に8時間寝ることもあり、お腹が空いて泣くことも少なく、基本ずっと寝ている。
今思えば、この頃から「人に迷惑をかけない」性格だったのかもしれません(笑)

■ 習い事漬けの小学生時代
4歳からサッカーを始め、小学生になると
サッカー
ピアノ
水泳
体操
と、毎日何かしらの習い事に取り組んでいました。
今振り返って親に理由を聞くと、
サッカー → 父がやっていたから
ピアノ → リズム感を養うため
水泳 → 全身運動
体操 → サッカーに活かすため
と、かなり戦略的に考えてくれていたことを知りました。
本当に感謝しています。
サッカーでは小学生は県ベスト16まで進み、
名古屋グランパスや松本山雅、アルビレックス新潟の下部組織にも勝った記憶があります。
高校の時は選手権ベスト4でした。
もしかすると、サッカーの全盛期はこの頃だったかもしれません。
■ 山梨での寮生活
高校では山梨県に進学し、寮生活を送りながらサッカーに打ち込みました。
1年目はかなり厳しく、
同期が先輩に呼び出されて詰められている場面もよくありました。
僕自身は大きく怒られることは少なかった…と書きたかったのですが、
寮を抜け出して寿司を食べに行く
学校の横の川で泳ぐ
など、やりたい放題して普通にバレていました(笑)
それでも、この3年間は自分にとってかけがえのない時間でした。
考え方や価値観、そして「男としての在り方」を学んだ期間だったと思います。
■ SEとして就職、そして違和感
高校卒業後は、SEを養成する専門学校に2年間通い、
その後、大手IT企業にSEとして就職しました。
しかし、働いていく中で違和感を感じるようになります。
仕事に面白さを感じない
先輩たちの5年後、10年後の姿にワクワクしない
このままの人生が想像できてしまう
「このままでは、自分の求める人生じゃない」
そう思い、営業の世界に飛び込む決断をしました。
最初は訪問販売、その後インサイドセールス(IS)へ。
現在はISをやりながら、2026年4月からは11人のチームのリーダーとしてマネジメントにも携わっています。
■ 人生を変えた出会い
営業に挑戦し始めた時期と同時に、人生の大きな転機が訪れました。
それが「人との出会い」です。
21歳のとき、将来に迷っていた僕は、ある先輩に相談しました。
そこで紹介されたのが、現在お世話になっている経営者の方です。
初対面はとても優しそうな印象で安心しましたが、
話が進むにつれて、自分が目を背けていた部分をどんどん突かれました。
ありがたい反面、かなり向き合わされる時間でもありました。
その方に言われた言葉があります。
「転職や昇進って、全部“手段”なんだよね。
今決めるべきなのは、“どうなりたいか”。
それを決めないと、一生正解探しになるよ。」
この言葉で、頭が真っ白になりました。
それまで「人生どうなりたいか」なんて、考えたことがなかったからです。
■ 今の自分
その出会いをきっかけに、環境が大きく変わりました。
周りには、
目標に向かって本気で努力している人
人生を楽しんでいる人
ワクワクしながら挑戦している人
そんな人たちがたくさんいました。
「自分もこうなりたい」
そう思い、一歩踏み出しました。
今は、
将来の起業に向けた自己投資
一緒に挑戦する仲間づくり
自分自身の価値を高める行動
様々な角度から、自分を磨いている最中です。
■ 最後に
ここまでが、「変わっている人間の22年間の軌跡」です。
本当はもっと細かく書くこともできますが、
これからの人生の方が、もっと濃くなると思っています。
だからこそ、過去にとらわれすぎず、前に進んでいきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
自分の挑戦や成果が、
誰かの可能性を広げるきっかけになれば嬉しいです。
今後とも、和田樹をよろしくお願いいたします。
