エッフェル塔は、王冠をかぶっている。
『The Crown of Paris』が生まれるまで
エッフェル塔は、王冠をかぶっています。
その王冠に気づいたのは、パリから帰国する前日の夜のことでした。
初めて訪れたパリ
私がパリを訪れたのは、2025年11月。
Kogame Photo CommunityのメンバーがPX3(パリ国際写真賞)でPhotographer of the Yearを受賞し、表彰式に参加するということで、「これは行かねばなるまい」と、便乗することにしました。滞在は3泊4日。PX3の表彰式に参加しながら、観光と撮影を楽しむという計画です。
せっかくなのでパリの景色を俯瞰で撮りたい!
と思い、奮発して宿泊先にはエッフェル塔を部屋から望めるホテルを選んでみました。
これが当たりで、部屋から見えるパリの景色は言葉も出ないほど絶景。どこを切り取っても絵になります。
ただ、撮影した写真を見ていると、なんか見たことのあるパリの景色。
もちろん、それだけでも十分に美しい写真なんですが、
何か自分らしさが欲しい。
自分らしい写真とはなにか。
鳥が飛んでこないだろうか。
虹がかからないだろうか。
そんな偶然を期待しながら、ずっと窓からの景色を眺めていました。しかし、何も起きずに日にちだけが過ぎていくのでした。
自転車で街を巡る
パリでの移動には、主に自転車を使いました。
電車なら目的地まで早く移動できるのですが、途中は無かったことになる。自転車なら気になる場所に立ち寄り、裏路地にも入ることもできる。
エッフェル塔近くの公園、自由の女神、ビル・アケム橋、ルーブル美術館、モンマルトル。
気になる場所を見つけながら、自分のペースで街を走りました。
自転車で移動すると、街の音や空気、そこで暮らす人々の生活まで直接感じられます。
観光地を巡るだけでは見落としてしまう、パリの日常。
もちろん、わずか3泊では、そこで暮らす人々の気持ちを理解することはできません。
でも、歴史と芸術があるパリで暮らすことに、人々はどこか誇りを感じているのではないか。
街を巡りながら、そんなことを想像していました。
街の中にあった王冠
パリを散策していると、いろんなところで同じような紋章があります。

なんだろ?と調べてみると、それはパリ市の紋章。

紋章の上には、城壁を模した王冠が置かれていました。
歴史のあるパリらしい意匠だと思いました。長い時を受け継がれてきた、都市の象徴なのでしょう。
帰国前夜のエッフェル塔
パリ最後の夜。
ホテルの部屋で一人、「明日は帰国だ」と思いながら窓の外を眺めていました。
エッフェル塔の頂上から伸びるビーコン(ライト)が、夜空をゆっくりと回っています。滞在中、飽きもせず毎日のように見ていた光です。
それまでもビーコンの光を入れた写真は、何枚も撮っていました。でも、写真に写るのは一本の光だけです。

目の前では光が回り続けているのに、その動きや時間までは一枚の写真に残らない。この動きを、写真で表現できないか。
そこでふと、インターバル撮影したらどうなんだろう。と考えました。さらに光を重ねた姿を想像してみました。
「これ、王冠だ」
と気付いたのです。
パリの象徴であるエッフェル塔が、光の王冠をかぶっている。
街で見つけた紋章のにあった、王冠。
それまで別々の存在だったものが、一つにつながった瞬間でした。
エッフェル塔だけを撮るのか
迷ったのは、エッフェル塔だけを大きく捉えるか、街並みまで画面に入れるか。
塔だけを切り取れば、ビーコンの光はより強く見えます。でも、王冠はエッフェル塔だけのものではない。
パリの街並みまで入れた方が、パリという街の歴史、格式、華やかさ、そして私が街を歩く中で感じた人々の誇りまで表せるのではないか。
そう考えて構図を選ぶことにしました。
王冠らしい光の間隔
実際に撮影してみると、ビーコンを美しい王冠として並べるには、撮影を始めるタイミングとインターバルの間隔が難しい。均等にならずズレてしまう。
ビーコンの光が等間隔に並ぶよう、タイミングと秒数を変えながら、一つひとつの光を独立させ、適度な間隔で配置するよう意識しました。
この旅行にはパソコンを持ってこなかったので、写真の完成形を確認することはできません。カメラのモニターに表示される一枚一枚を見ながら、頭の中で光を重ねていきました。
この間隔なら大丈夫だろう。
この写真を重ねれば、きっと王冠になる。
そう判断できるまで撮影を繰り返しました。
ただ、本当に想像したとおりの作品になるのかは分かりません。成功を確認できないまま、翌日にはパリを離れました。
帰国後、撮影した写真をパソコン上で重ねました。
エッフェル塔の上に、頭の中で思い描いていた王冠が浮かんでいました。

王冠は、実際には存在しなかったのか
この写真に写っている王冠を、人間の目で見ることはできません。
では、この王冠は、実際には存在しなかったのか。
私は、そうは考えていません。
写真の中にある光は、その夜、実際にパリの空を照らしていたものです。描き加えた光ではありません。
でも、人間の目は、異なる時間に存在した光を一度に見ることができません。
比較明合成によって、時間の異なる光を一枚の中に重ねることで、それまで見えなかった形が見えてくる。
この作品は、出来事をそのまま伝える記録写真や証拠写真ではありません。そこに存在していた光と、私がパリで感じたものを重ねた写真です。
言葉にするなら、それは、
「私が見たパリ」
なのだと思います。
写っているものだけが、写真ではない
写真に写っているのは、エッフェル塔とパリの街、そして夜空を照らしたビーコンの光です。
私がこの作品に込めたのは、それだけではありません。
パリの歴史。
都市としての格式や華やかさ。
芸術家たちを惹きつけてきた場所への憧れ。
そこで暮らす人々の誇り。
そして、この旅で得た体験と出会いへの感謝。
写真から確認できるものではありません。それでも私にとっては、この一枚の中に存在しています。
写真は、目の前に見えているものだけを記録するものではないと思っています。
その場所で何を感じたのか。
何を想像したのか。
目の前の光景と、自分の記憶がどのようにつながったのか。
見えるものを通して、見えないものを表現する。
そこにも、写真の一つの可能性があると思っています。
私がパリで受け取ったもの
パリで過ごした時間には、作品づくり以外にも多くの思い出があります。
フィルム写真のラボを訪れ、おしゃれなお姉さんから二眼レフカメラを持たせてもらったこと。
PX3の表彰式で、写真を通じて多くの人と出会ったこと。
「またパリで会いましょう」
そう言葉を交わしたことも、心に残っています。
コミュニティの仲間と食事をし、語り合った時間も、この旅の大切な記憶です。
この作品は、パリという都市への敬意を込めた写真であると同時に、私自身の旅の記憶でもあります。
初めて訪れた私を受け入れ、忘れられない時間と出会いを与えてくれたパリと仲間へ。
この光の王冠には、私なりの感謝を込めています。
『The Crown of Paris』
この作品には、『The Crown of Paris』というタイトルを付けました。日本語での「パリの王冠」という言葉は、撮影しているときから頭の中にありました。
自分だからこそ気づけた文脈を、自分なりの方法で視覚化する。
創造性、オリジナリティ、視覚的な力、そして作品に込めたメッセージ。
この作品には、国や文化を越えて見てもらう国際フォトコンテストに挑戦する意味があると考え、International Photography Awards、IPAへ応募しました。
『The Crown of Paris』は、International Photography Awards 2026において、Architecture , Cityscapes 部門 3位を受賞しました。

この作品に込めたものの何かが、国や文化を越えて審査員へ届いたのだとすれば、写真を続けてきた者として、とてもうれしく思います。
見慣れたものの中にある、まだ見えていないもの
エッフェル塔は、これまで世界中の人々によって、数え切れないほど撮影されてきました。もう新しい撮り方など残されていないように思えるかもしれません。
けれど、同じ場所を見ても、何を感じるかは人によって違います。それまで関係がないと思っていたものが、ある瞬間につながることがあります。
私も、パリに着いたときから王冠を撮ろうと考えていたわけではありません。街で紋章を見つけたときにも、それが作品になるとは思っていませんでした。窓からビーコンを眺め、その動きを写真にしたいと考えたことで、初めて二つが結びつきました。
写真とは、目の前にあるものを写すだけではなく、
そこにあるけれど、まだ見えていないものを発見する行為なのかもしれません。
エッフェル塔は、王冠をかぶっている。
それは、私が作り出した王冠ではありません。
光も、時間も、街の歴史も、すべてそこにありました。
私はただ、それまで見えなかったものに気づき、写真という形で見えるようにしたのです。
『The Crown of Paris』は、パリで私が見つけた、一つの答えです。
展示のお知らせ
本作品『The Crown of Paris』は、2026年9月に渋谷ヒカリエで開催される「東京カメラ部2026写真展」に展示します。
画面で見る写真とは異なる、プリントとしての光の表現もご覧いただければうれしく思います。
Kogame Photo Community
写真に込めた意味や、自分自身の視点について考えるコミュニティを運営しています。
