藤井風「Prema」、90年代の骨格に宿る"新しいヒップホップ観"
耳に飛び込んできたのは、アナログレコードのプチプチというノイズと、オーセンティックなスクラッチ。
あ、これは宇多田ヒカル「Automatic」の時代感だ、と直感。
しかし、そこから広がるアンサンブルが、その感覚を揺らします。“あの90年代”の空気がたちまち立ち上がっているのにも関わらず、サウンドの解像度はまさしく2025年のポップ。
この“絶妙な違和感”こそが、この楽曲の大きな魅力です。
僕たちが運営しているYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」では、2025年の最重要アルバムとして藤井風『Prema』全曲解説シリーズを始めました。
このnoteでもそのテキスト版記事を展開していきます!ぜひ合わせてチェックしてみてください。
筆者プロフィール:照沼健太
編集者・ライター・YouTuber。テレビ東京やNetflixのメディア運営、レディオヘッドら数々のアーティストのCD封入解説文、HIKAKIN、米津玄師、押井守、藤本タツキなどのクリエイターや多くのビジネスパーソンの取材を担当。2023年末からはYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」を運営(2025年9月時点でチャンネル登録者数約6万人)。
Prema=アルバムの真ん中にある大きな木
『Prema』は全9曲構成で、このタイトル曲「Prema」は5曲目。
CDで聴くと、前半4曲+Prema+後半4曲という美しいシンメトリーができる。真ん中に一本の“木”を植えて、そこから枝葉が広がるような配置となっています。
「Prema」はサンスクリット語で「愛」「無私の愛」「霊的な愛」「至高の愛」といった意味を持っていて、藤井風はこの言葉を「いつも心のそばにあった」と語り、アルバム名も自然とそうならざるを得なかったと明かしています。
この「“必然”から生まれた英語アルバム」というのは、アルバム『Prema』を考える上で外せない要素。
というのも、藤井風は2022年の2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』とシングル「Grace」の後、「もう日本語で歌うことがなくなった」といった感覚のバーンアウト=燃え尽き症候群になってしまいます。なんなら、音楽活動からの引退すらもよぎっていたと各種インタビューで明かしているほど。

そんな矢先に「Workin' Hard」を生むためのLAでの音楽制作の機会が訪れたことで、「英語で歌う」といういつの間にか封印していた当初の夢、目標が蘇り作られた新作こそが『Prema』というわけです。
英語で考えることで思考がシンプルでクリーンになった——その効能が、本作には漲っているほか、Spotifyの企画「Liner Voice+」で藤井風本人が「タイトルトラックを書こうと思って書いた」と語るとおり、この「Prema」はアルバムの中心に置かれるべき、作品全体を象徴するような楽曲に仕上がっています。
藤井風と250の“90年代ヒップホップ解釈”

この曲の骨格は、ドラムがほぼワンループのヒップホップ・グルーヴです。
しかし、ソングライティング的にはジャズ/ソウルの伝統に根ざしたハーモニーがあり、70〜90年代の洋楽あるいはJ-POP的でもある展開も転調も存在している。
ラップ曲ではないのに、体幹はヒップホップ。だからこそ、歌と言葉が躍るスペースが生まれるそんな楽曲となっています。
そして、イントロのアナログレコードのプチノイズと、そこから展開されるスクラッチは、まるで「今から90年代が蘇るぜ」と言わんばかりの直球さ。
宇多田ヒカルはもちろん、メアリー・J・ブライジやローリン・ヒル、TLC「Creep」……そんな連想が立ち上がる一方で、サビのコーラス処理にはゴスペルの昂揚が差し込まれ、まさに「Prema」というタイトルに相応しい荘厳さも同時に持っています。
さらにイントロやポストコーラスに漂うメロディの陰影は、どことなく東洋的です。この曲を聴きながら、僕は何度も坂本龍一の旋律を思い出しました。
YMOのPerspective、ソロ作品「Put Your Hands Up」に宿る和声の翳り、そして米津玄師「ゆめうつつ」が夜のニュース番組に差し込んだ静かな昂揚も連想します。
西洋R&Bの骨格に東洋的な哀しみがほのかに混じった瞬間、スパークするようなエネルギーがこの楽曲に生まれるのを感じます。西洋と東洋、都会と土、祈りと遊び——相反するものが同じ呼吸で並んでいるのが、この曲の快楽ではないでしょうか。
もちろんここには本作全体を手がけたプロデューサー250(NewJeansほか)との、アジア人としての連帯も効いていることでしょう。

また、全体の構成も気が利いています。
2番Bメロでいったんブレイクし、ピアノ・ソロで呼吸を入れ、そこで転調。そのままサビへ行くと思わせて、もういちどBメロ。これによってラストサビの眩しさがグッと際立つんですよね。
さらには終盤のピアノ・ソロから、最初の世界線へ静かに帰還していく——上昇と円環。藤井風が辿った生還の物語を、曲そのものの構造が表現しているようです。
歌詞が描く“ヒップホップの価値転換”

歌詞の最大の特徴も、ヒップホップ。
ヒップホップのリリックでよく見る「セルフ・ボースティング(自慢)」を、藤井風はこの楽曲でスピリチュアルに反転させます。
「金や名声」「女にモテること」ではなく「僕も君も愛そのもの/神そのものなんだ」と誇る。
現実の所有から、存在の肯定へ。
大げさに見えるかもしれませんが、同時に藤井風は現実的でもあります。
彼は先ほども紹介したSpotify Liner Voice+の中で、その言葉を自己暗示(セルフ・アファーメーション)としても使っていると明かしています。
歌詞の中にある「毎日瞑想している」というラインについて、彼は実際にそんなことはできていなかったけど、歌が嘘にならないように最近瞑想するようにしている、と。

そしてもう一つ、心に残る一撃としての未来肯定。「Future’s bright」。いまの時代、このフレーズをすっと言える人は多くないはずです。
あなたは私のもの
あなたの名前を呼べば
あなたは時間通りに来る
この小さな世界で生きて
そしてその未来は明るい
私の天井のライトより明るく
母のクリームバイよりも甘い
そこに軽やかなジョーク「私の天井のライトより明るく」を含めている点も含め、力強いオプティミズムだと感じました。
藤井風の“生還”と“円環”

アルバム『Prema』の中心に立つ「Prema」は、ヒップホップの骨格とサウンド、そしてその精神性を再解釈することで「上昇/生還と、循環/円環」を同時に鳴らす曲となっています。
燃え尽きの底から音楽へ戻る力。
戻ってきたその場所が、新たな出発点になるという静かな事実。
本当に素直で、美しい曲だと感じます。
(照沼健太)
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