短編小説「彼女は嘘をつかない|だから気づけなかった」
【あらすじ】彼女は、一度も嘘をついたことがなかった。まっすぐで、正直で、だから私は信じていた。——彼女の言葉は、すべて本当だと。でも、少しずつ違和感が積み重なっていく。見たはずの光景と、彼女の言葉が噛み合わない。それでも私は、疑わなかった。嘘をつかない人だと、知っていたから。そして最後に気づく。彼女は嘘をついていなかった。ただ——“真実の意味”が、違っていただけだった。それに気づいたとき、もう戻れなかった。
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「私、嘘つくの苦手なんだよね」
それが、彼女の口癖だった。
出会ったときからずっと。
冗談でも、取り繕うことでも、彼女はしなかった。
「思ったこと、そのまま言っちゃうから」
少し困ったように笑う。
でも、その言葉通りだった。
似合わない服は「似合わない」と言うし、美味しくない料理は「ちょっと苦手かも」と正直に言う。
最初は驚いたけど、すぐに慣れた。
むしろ——
信頼できると思った。
「正直な人って、いいよね」
そう言うと、彼女は少しだけ目を逸らした。
「……そうかな」
そのときの表情を、私は深く考えなかった。
付き合い始めたのは、それからすぐだった。
彼女は変わらなかった。
優しくて、まっすぐで、嘘をつかない。
「好き」
と言えば、
「うん、私も好き」
と返ってくる。
迷いも、ためらいもない。
その言葉が、何より嬉しかった。
「ずっと一緒にいようね」
ある日、そう言った。
彼女は少しだけ間を置いてから、
「……うん」
と答えた。
その“間”にも、私は気づかなかった。
違和感を覚えたのは、半年くらい経った頃だった。
「昨日、どこ行ってたの?」
何気なく聞いた。
「家だよ」
彼女は即答した。
でも——
その日、彼女を街で見かけた気がした。
知らない男と一緒に。
「ほんとに?」
もう一度聞く。
「うん、本当」
迷いのない目だった。
だから私は、それ以上聞かなかった。
「そっか」
それで終わりにした。
それから、同じことが何度かあった。
見たはずの光景。
聞いたはずの話。
でも、彼女はいつも同じように言う。
「違うよ」
「それは勘違い」
「私はそんなことしてない」
そして、そのたびに思う。
——この人は、嘘をつかない。
だからきっと、私の方が間違っている。
そうやって、全部を飲み込んだ。
ある日。
決定的な瞬間を見てしまった。
彼女が、知らない男と手を繋いで歩いている。
はっきりと。
見間違いじゃない距離で。
その夜、聞いた。
「今日、誰といたの?」
心臓がうるさかった。
でも、彼女は変わらなかった。
「誰ともいないよ」
即答。
目も逸らさない。
「ずっと一人だった」
静かな声だった。
優しくて、落ち着いていて——
いつも通り。
「……そっか」
それ以上、何も言えなかった。
別れたのは、その少し後だった。
理由は、私から言い出した。
「なんか、うまくいかない気がする」
彼女は少しだけ悲しそうに笑った。
「そっか」
それだけだった。
引き止めもしない。
言い訳もしない。
「今までありがとう」
そう言って、終わった。
最後まで、彼女は嘘をつかなかった。
それから数ヶ月後。
共通の知り合いと会った。
何気ない会話の中で、彼女の話題が出た。
「あの子さ」
と、その人は言った。
「昔からちょっと変わってたよね」
「変わってた?」
聞き返す。
「うん」
少し迷ってから、こう続けた。
「あの子、“嘘”の定義が違うんだよ」
「……どういうこと?」
「本人が“そう思ってるなら本当”って考え方」
頭が、真っ白になる。
「だからさ」
その人は、苦笑しながら言った。
「本気で“浮気してない”って思ってたんじゃない?」
その瞬間、全部繋がった。
あのときの言葉。
あのときの目。
迷いのなさ。
全部——
嘘じゃなかった。
彼女は、本当に嘘をついていなかった。
ただ、
“自分にとって都合のいい真実”を、
本気で信じていただけだった。
「私、嘘つくの苦手なんだよね」
最後に聞いたその言葉を、思い出す。
あのときの、少しだけ曖昧な表情。
あれはきっと——
嘘じゃなかった。
本当に、嘘をついていなかった。
だから私は、
最後まで気づけなかった。
彼女は、
最後まで嘘をつかなかった。
完
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※前作「今日、何回目?」(全5話完結)も公開中です。※短編「この家、誰か多い」「この中に、嘘つきがいる」も公開中です。
