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小説家は普通の生活を淡々とやっていないから、生活感覚のないところで勝手に孤独を成立させている

100円のバナナを買えないかなぁと思って、土曜日にスーパーに行ったんですよ。なかなか100円のバナナってないですよね。どうしようかなぁ、しょうがないなぁというところで、私はかろうじて半額のバナナを手にしていたんです。そうしたら、その日は土曜日のサービスデーということで、ものすごい長蛇の列だったんですよね。一つのレジに20人以上並んでいて、レジが3つしかないので、全部で60人も並んでるって感じかな。半額バナナを手に、その長い列に並んだわけです。そこで私は、後ろの人に話しかけたんですよね。「こんなにいつも長いんですか」って。そうしたらその女性が、「いや私も久しぶりに来たので、びっくりしましたよ」って、そこからいろいろ話してくれましたよ。ただそれだけの話ですけど、そんな話でいいんですよ。またある時、レジに並んでいたら前の人がレジの人に、「あの尾花沢のスイカ甘くてあれよかったねー」って言ったんですよね。レジの人も「そうそう、尾花沢は美味しくてあれいいよね」って答えて、お客さんも「美味しいからまた買うよ」って、本当に心から感嘆して言ってるんですよね。確かに店の外に並んでいる特売の尾花沢産の箱を見たことがあるけれど、尾花沢のスイカって、あれ結構買いなんだなって、思い出したんですよね。それから、ある時はスーパーに行って、特売の100円のりんごが買いかなって悩んだんですよね。キョロキョロしてどうしようかなって思っていたら、感じの良いおばさんがいたので質問したんです。そしたら「やめときなさい」って。「これ私もね、さっき狙って買おうかなと思ったんだけど、よく見ると水分がなさそうだし、絶対に買っちゃだめよ。お金を損するだけだからね」って教えてくれたんですよね。こんな風に、日常のなかで会話をするシチュエーションっていくらでも転がっているんですよ。当たり前に話をすれば、みんな当たり前に答えてくれます。あのスーパーの列でも、りんご売り場でも、みんな話したがっているし、お話を聞きたがっているんですよ。でも、小説家はそれじゃあネタにならないし、小説として成立しないから、事件とか悲劇をいっぱい盛り込んで、それらしく予定調和の話をするんですよ。要するに、彼らは庶民の生活を知らないんです。小説を読んだって、本当の孤独なんてわかりっこないですよ。孤独、孤独って言うけれども、そんなものは小説家が勝手に作っているようなもんなんです。そこには確かな解決策なんて、何にもないんですよね。あんなものに耳を傾けてはいけませんよ。庶民ってこうなんですよ。こっちが構えなければ、相手も構えないで自由に話してくれるんですよ。

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