【出禁のモグラ】人智を越えた『善い人』を描く怪作
アニメ版放送直前の出禁のモグラ、皆さまご存じでしょうか。楽しんでいらっしゃいますでしょうか。
『鬼灯の冷徹』でヒットした江口夏実先生の作品だけあってそのクオリティは折り紙付き。
ただ地獄の様子を現代社会に落とし込んでキレッキレのコメディ漫画として仕上げた『鬼灯の冷徹』と違い、
本作は現代日本(連載開始時の西暦2021年から最新話では2022年に明けた時期)の東京を舞台にしていることなどから前作よりダークでシビア、そしてやっぱり笑えるお話になっています。すげぇなこのバランス感覚。
さてただ出禁のモグラを紹介するだけなら他に記事があるでしょうから、ネタバレ前提で本作の『主人公』であるモグラと『語り部』である真木君の二人の『善性』、『善人であること』をピックアップしてお話してみたいと思います。
【優しいとは人を憂うと書く】

本作の主人公のモグラは普段はちゃらんぽらんで野暮ったく図々しく一つ言えば百ぐらい返ってくるお喋り好きを通り越した歩くスピーカーみてぇなうっとうしいおっさんですが、根っこの部分は良い人です。

スネに傷アリの爺さんが説教垂れているようなもの
説教くせぇなこのおっさんと思う間もなく次から次へと立て板に水で話し続けてペースに乗せられ「なんかうっとうしいけど憎めない良い人」で大体落ち着いてしまうのがこのモグラという男。
とにかく台詞の量が多く、話題がとっちらかっているのですが、根っこが善人なのはブレない。
その根源の善性こそがモグラが「人ではない」と知らしめる一番の部分である、というのが本作の肝。

この場面でのモグラは彼が『出禁状態から解放されるのに必要な「灯」』を見ず知らずのおっさんに他人に対して使った後の弁舌です。
この行為に大して意味はない。それどころか自分は損をし、ちょっかい出された相手は激怒ぷんぷん状態である
それは理解している。そのうえでお節介を焼く
ならばなぜやるのかと言えば「本来善人であるはずの人が間違った選択肢をして地獄に落ちる可能性を低くするため」である。結局地獄行きになる可能性はある。
そのこともモグラは理解している
要約すると「そこまでしてお前が身銭を切る必要は無いだろう」ということをモグラはしょっちゅうやらかすキャラとして描かれているのです。

モグラが処されている措置は実のところそこまで難しいものではなく、エゴイストになる必要もなく、
「自分は目の前で苦しんでいる人を助けられる可能性のあるモノを持っているが、それは自分が稼いだモノである。一時介入したとてそれが幸となるかはわからない。じゃあ自分で稼いだモノは自分のために貯っておこう」
という「割り切り」だけなのです。これは作中で何度も繰り返し、モグラだけでなく語り部の真木君も忠告される本作のテーマの一つとも言えます。
【優しい人が優しい人と出会っても優しい明日は来ない】

これを初めて読んだ時は「この漫画は色々と苦労しながらもモグラと真木君たちが心霊ドタバタホラーコメディしながら最終的にモグラがあの世に帰るまでのキャンパスライフストーリーなんだな」とか思いましたが。
話が進むにつれて、そして96話での「百暗桃弓木誕生譚」を読んで「いやこの漫画そんな生っちょろいもんじゃないぞ!?」となりました。
モグラの度を越した善性はこのシーンの後にどんどん披露されていくわけで、この灯は『モグラがあの世に帰るために必要な道具』であると同時に『他人を癒す万能薬』としても使えるので、いつまでたってもモグラがあの世に帰れない理由なのだなと読者は知るのですが。
そのモグラの悪癖による消費を上回る速度で灯が溜まりきってしまいさえすれば、果たしてモグラは即あの世に帰れるのか?という問題があるんですよね。これは現在作中で明言されていない問題なのですが。
即座に帰れるのならば問題はない。
しかしモグラへの処置が厳密に執行されているかどうかを見張り続ける役目を担っている浮雲さん曰く「この世で人間として生きていく」ことそのものが刑だというのであればちゃんと天寿を全うしないとあの世に行けない可能性がある。
こうなると途端に絶対無理ゲーになるのです。
今はいい。
「灯の元となる霊を呼び込みやすい体質の詩魚ちゃん」
「どうしようもないほどヤバい霊を祓える猫附家」
「霊を認識可能で常識人であり続けられている真木君と八重ちゃん」
このカードがモグラが天寿を全うするまで機能し続けるかも保証は無く、何よりそれまでの間に後先考えずにめちゃくちゃ灯を使うのがモグラという男である。
詰んでますね。

八重ちゃんの尊ェ笑顔が眩しくてモグラさんもこの直後のページで出歯亀して台無しにしてくれるのですが、最新話(100話直前)あたりに読み返すとこのシーンが如何に重いことを語り、選択していることかがわかります。
とにかくこの出禁のモグラで繰り返し語られているテーマは
善人が善行を行ったとて報われるわけではない。
むしろ損や痛い目を見る。
というシビアな現実で、確かにそれで救われる人もいるけれど結果として起こるのは善人が善人たる故にズタボロになり坂道を転がり落ち沼る地獄みてぇなお話。
とくに語り部の真木君はモグラに出会ってから厄介事に巻き込まれ、客観的に見て毎度かなり痛い目を見て全然報われていなかったりします。
バイト先が霊障に合って店長も自分も困った。対処したらレッサーパンダの霊に憑かれた。(八重ちゃんだけは喜んだ)
因習島の犠牲者である森君を助けようとした。たまたま対処できる人材が揃っていたからいいものの、危うく森君諸共に真木君も溺死するところだった。
モグラとの付き合いが常習化して狐に化かされた。これには流石に教授も再度忠告。
もうとにかくなんかあったらモグラに相談するのが常習化している。どっぷり沼っている。


その「痛い目」「損を見た」ことこそが人生の糧となる、という見方ももちろんできるのですが。
ただしょっちゅうモグラが「若いっていいなぁ」と真木君たちを見て呟いているように、モラトリアム期間と言われる大学生でなければ割と取り返しのつかない事態に毎度の如く遭っているのが真木君たちだったりします。
モグラ自身も、猫附父子にも、浮雲さんにも、弁天さんにも、たびたび「関わるな」と言われつつそれでも傍になんとなく行ってしまう善意と災厄の泥沼。それがモグラ。
あの世とこの世の境界線を歩くのはお辛いってガッツも言っていたじゃないですかァーッ!!
【それでも変われないからこそ回っているこの世】


こんなことを言っている梗ちゃんですら
おばさん すがる方法を間違えるなよ
俺はな
己が物事を解決する機会を奪う「当たる占い」が嫌いだ
うちの一族は短命という運命を無理矢理変えてもらって生き延びている
それはお人好しの犠牲で成り立っている
それが心底情けない
だからせめて他のことは自分で打倒する
できなくてもやるんだよ!
などと雄弁し、後々の展開でも心底真木君たちが困っている時に対応してくれるのは梗ちゃんだったりします。早い話がツンデレ。もう少しツッコむとちょっと拗らせているだけの根っからの良い子。
そもそも猫附家とモグラとの『契約』は80年近く前に戦場の口約束だけで成された「うちの一族を今後助けてほしい。そのかわりうちの一族にできることはなんでもする」という浅薄な契約です。
結果現代の猫附家はもうモグラ無しであの世の者とこの世の者の仲介人として稼ぐ方法と化け猫との折り合いを付けるノウハウを確立している一族なのでぶっちゃけもうモグラとの関係は断ち切ってもさほど悪いことではない。
でも現在の末裔である梗ちゃんですらツンデレなだけでモグラに懐いています。本人は認めたくないでしょうが……あくまでモグラじゃなくてモグラに巻き込まれた人に対して優しいだけだという見方もありますが……。
いずれにせよ、モグラは善人であり、彼を慕って集ってくる人々も善人であり、結果として誰かを場当たり的に助けられはするけどそうして集った善人たちは毎度酷い目に逢っているなんて実にひでぇ報われない話をコミカルなノリツッコミでうっすら隠しているのがこの『出禁のモグラ』というお話なんですね。
場当たり的なので後々吉と出るか凶と成るかはわからない、なんてところまでしっかり語ってすらいます。合理的に考えるともういっそ善人であることが馬鹿らしくなる。
でも人間は合理的な生き物ではないからこそ善人は報われず、悪人とて苦しみ、凶行に走った原因は他者のためであり、他者を救った原因はちっぽけな自尊心にしか過ぎない、そんな混沌としてやるせない世の中なのが人間社会なんだと。
それを笑えるコミカルタッチで描くというバランスでやっている本作はいやホントすげぇ漫画です。

