大人になった今だから思い出す、『子供の頃の僕』が大好きだった「あんず飴」と、幸運のもう一個。
先日、近所で夏祭りがあった。出店の明かりに誘われて歩いていると、ふと懐かしい屋台が目に留まった。
あんず飴。
みかんやソーダ味などカラフルな種類が並ぶ中、僕の選択肢は昔から「あんず1択」だ。大人になってからしばらく遠ざかっていたけれど、久しぶりに買ったそれを、パリパリのもなかに乗せて歩きながら口に運ぶ。
口いっぱいに広がる甘みと、もなかの香ばしさ。すれ違う人の熱気、出店から漂うソースの香り、そして遠くから聞こえるお囃子の音。夢中で食べているうちに、夏の暑さで溶けた水飴がもなかの端からトトッと垂れて、手がベトベトになっていく。
「あ、これこれ。この感じだ」
五感のすべてがあの縁日の空気とマッチして、僕の記憶は一瞬で子供時代へと引き戻された。
子供の頃の僕は、あんず飴の屋台に並ぶとき、いつも以上に真剣だった。
僕の地元では、店主とのじゃんけん勝負に勝ったり、ピンボールの当たり穴に玉が入ったりすると、「もう1個おまけ」がもらえるルールがあった。
当時の子供にとって、お祭りは夏の一大イベントだ。けれど、握りしめているお小遣いは限られている。食べたいものも、やりたいゲームも山ほどある中で、大好きなあんず飴を2個買う余裕なんてどこにもない。だからこそ、あの「1回勝負」にすべてが懸かっていた。
「最初はグー、じゃんけん……!」
見事にじゃんけんで勝ったとき、あるいはピンボールの当たり穴に玉が吸い込まれたときの、あの胸が跳ねるような高揚感は今でも忘れられない。
おじさんから「はい、もう1個な!」と手渡される2本目のあんず飴。自分の力でもぎ取ったそれは、タダでもらえたというお得感以上に、格別で、誇らしくて、最高の味がした。
けれど、喜びの代償はすぐにやってくる。2本のあんず飴を両手に持って歩けば、溶けるスピードも2倍だ。もなかを通り抜けた水飴で、両手はもう収集がつかないほどベトベト。それでも、水道を探して手を洗う時間さえ惜しいくらい、嬉しくて仕方がなかった。
大人になった今なら、2個でも3個でも大人買いはできる。ウェットティッシュを常備して、手を汚さずにスマートに食べることもできる。
けれど、あの限られたお小遣いの中で、ハラハラしながら勝ち取った「もう1個」の喜びと、両手をベトベトにしながら笑っていたあの夏の日の熱い記憶は、何物にも代えがたい一生の思い出だ。
久しぶりのあんず飴は、そんな懐かしい記憶まで、そっと味あわせてくれた。
