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ヨーロッパ異文化体験からの学び④旅先の日常とウェルビーング(上)

 4週間一人でヨーロッパ旅行をする、と言ったら、20~30代の複数の人から「何するんですか???」と尋ねられた。
 え? 何するって訊かれても…。どこそこの美術館で誰それの絵を見るとか、なんとか山をトレッキングするとか、ミシュランの星付きレストランでなんやら料理を食べるとか、そういう具体的なアクティブな計画は何もない。
 旅先で暮らすように過ごしたい、というのが旅行の目的。つまり、特別なことは何もしないで普通に生活してみたい。
 「あの…、何もしないで、ぼーっとするのが目的なんだけど…」
 おずおずと答えると、一瞬相手は「え?」という顔になり、でも次の瞬間、Y・Z世代ならではの共感能力を発揮し、「それ、いいですね」とポジティブに反応してくれた。

 結果的には名所旧跡巡りもしたけれど、そこで何もせず、ぼーっと景色を眺めることが多かった。あるいはアパート(27泊中24泊はホテルではなくキッチン完備のアパートに宿泊した)の近所を、特に目的もなく、足の向くまま気の向くまま歩く。観光というより、ただの散歩である(冒頭写真の海岸は、アンティーブのアパートから徒歩8分)。
 その他に何もしなかったかというと、そうではない。していたのは、日常の営み。

 まず、食事。特にグルメじゃないし、一人だし、予約必須の“特別な”レストランには行かず、市場やスーパーで食材を買い、1日2食は自炊した。買い物や料理など、普通は特別なことでも何でもないが、旅先ではそうはいかない。
 リュブリャナのスーパーでは、Googleがスロベニア語をすぐ翻訳してくれず、低脂肪乳でない普通の牛乳を見つけるのに10分くらいかかった。アンティーブでは、ベーカリーを数軒ハシゴした挙句、アパートから徒歩1分のお店が実は人気とわかり、翌朝から化粧もせずに7時半に出かけた。

Boulangerie Veziano

 ヘルシンキのアパートでは、IHコンロの使い方がわからず、ダイヤルをあちこち回して埒が明かずにしばらく呆然と佇んだ。そして、どこのアパートでも、数少ない食器と使い慣れない鍋。菜箸という日本の偉大なる発明品の代わりに、羽田空港のラウンジから持ってきた割り箸1膳を4週間使いまわした。

 外食だって、Googleマップ情報の頼りがいは日本の食べログに劣るし、かといってグローバルスタンダードのスタバやMcDonaldには入りたくない。

リュブリャナ駅バスターミナルを出ると、いきなりマックの看板…

 通りを歩きながら、お客の入り具合、入口のメニュー、テーブルの上の料理の見た目と量など、この目で確かめて店を選ぶしかない。ハズすこともある。毎食がアドベンチャーである。

 あと、普通なら「何もしない」に等しい生理現象である「トイレ」。旅先では、これが侮れない。
 ヨーロッパの公衆トイレは、基本有料である。レストランは無料が増えたが、駅や一部の美術館ではクレカ支払。カンヌ沖のサン・マルグリット島のポットン式トイレは無料。昭和の小学生よろしく「ハンカチ・ちり紙」は必需品である。

エコなポットン式、その名もLovely Toilet

 それでも、トイレが使えるならまだよい。アンティーブ駅の有料トイレには、なぜかがっちり南京錠がかかっていた。ジェノバの国際線バス乗り場は、トイレどころか、バス停の標識自体がなかった。スイスのロカルノでは、飛び込んだアイスクリーム屋さんのレジ横にでかでかと「NO Toilet」の張り紙…。
 ついでに言うと、あちらのトイレットペーパーは1巻20~30mと日本の半分くらいしかない。予備1巻のみのコモのアパートで、オーナーに追加を要求したら「追加は受け付けません」。日本なら常備品のティッシュ箱も、もちろんない。今だから白状するが、カフェや美術館のトイレに入るたび、ちょっとずつ余分にペーパーを持ち帰り、7日間をしのいだのだった…。

 ことほどさように、生存に必要最低限の基本動作も、いちいち色々と意識しないと完遂できない。「何もしない」モードでは済まされないのだ。
         …(中)につづく。。。

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