対人関係と現代国語

おはようございます!

素人の個人の
思い浮かんだことのメモです
この考え方が絶対に正しいと
押し付ける趣旨ではありませんことを
ご理解いいただけますと助かります



とある
苦手とする
対人関係があって

その人は
意趣返し

やりがちな人なのね?


何かしら
ご自身の
期待に合わないことをされた
時に


その状況を説明して
本当はこうして欲しい

説明する代わりに


変な仕返し

言ったり
したりする


その人は
スッキリするのかな?


よくわからないけど


そういう行動様式が

板についている人なので


そういうやり方が

もしくは
何かしら
メリットがあるのでしょうね




現代国語の問題に

本文中の とある表現の右横に
傍線が引いてあって

この棒線の内容に至る
この人の気持ちを述べよ

とか いう問題が出たりして

その傍線の直前だけ見ないで、
冒頭の方からの文脈を考えましょうね

という
考え方があるようです?

私は

その苦手な人との会話で

あまり文脈を考えることはせず

目の前の事象だけで
すこぶる
合理的に
受け答えしたらしく


どうやら
その人は

文脈をかさにきて

謎かけをしたつもり らしいのだが

究極の脅しをかけた つもり だったらしいのだが


ああ
はいそうですか
了解しました!

私があっさり
了承したので


心の中で
悶々を引きずることに なったのらしい


何が正解かはわからないが


人によって
傍線の直近で判断する人と

本文の前の方とか

本文の全体とかを見渡す人とか

色々いるわけで


そして

本文は同じでも
原作者の考え というよりは

出題者の意図を読み取って

その選んで欲しそうな選択肢とか
書いて欲しそうな解答を書くことが

現代国語の
ゲーム性なのらしくて?

本当のところ
私は
現代国語は
そこそこいけるが

完全に
わかるとは言えなくて


だから

ここで
つぶやいていることも

正統派現代国語からすると

見当はずれのこと かもしれないので


良い子の皆様は
現代国語の先生の言うことに従って
有利に
現代国語をゲームと割り切って
勝者となってくださいね


取り止めがないのですが

現代国語の本文には

原作のもっと長い文脈があるのであって

うっかりそれを読んでいたりして

その内容に引っ張られてもいけないのかな?


しかし

気持ちはわかるが

もっとも
モヤっとくる

現代国語の指導はですね


たとえば

「家の外に出ると
陰鬱な雲で
太陽の光は遮られていた」

とか言う
描写があったとして


この時の
主人公の気持ちを選びなさい


とかいうのが
なんだか
釈然としなくて


主人公の気持ちが
ルンルンでも
いいんじゃないですか?


そもそも
人の気持ちなんて

わかるんですかあ?


厨二な叫びを

グッと堪える


いつまでも
気だけ若い

私なのであります



ひとりごとでした



いつもおつきあいいただき
ありがとうございます
m(_ _)m



ではまた!



まきのしょうこ






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