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【探究学習】タイトーという暗号——オデッサから秋葉原へ、亡命者が作った日本のゲーム産業

きっかけは、snsに流れてきたニュースでした。

会員数5,146万人、グループ売上高3,870億円のDMMが、2026年4月1日に立ち上げた新規事業は、なんと「昆虫の通販」。

『エロ』から『カブトムシ』まで——この見出しを見て、笑ってスクロールしてもよかったのですが、ふと気になって掘り始めたところ、思いがけない方向に話が転がっていきました。



一、DMMの「勝ちパターン」


まず、DMMはアダルト以外でどの程度儲かっているのか。

非上場の合同会社なので正確な数字は闇の中ですが、断片情報を繋ぐと、DMM.com証券(FX)の純利益が82億円(2023年度)、DMM GAMESの売上が796億円(同)。アダルトの売上比率は2019年時点で3割程度まで下がったとされます。

面白いのは、成功した事業に共通の「型」があることです。

① 全部「場所貸し」である。*動画もFXもゲームも英会話も、DMM自身は中身を作っていません。供給者は外部にいて、DMMは決済と集客の「土管」を握って場代を取る。

② 大手が「体面」で参入できない領域を選んでいる。アダルト、当時グレーだったFX、美少女ブラウザゲーム。上場大手はブランド毀損を恐れて入れない。いわば「恥が参入障壁」。

③ 既存会員を使い回す。動画の客にFXを売り、刀剣乱舞で獲得した女性客に2.5次元を売る。

逆に失敗事例——ロボット、アフリカ、水族館——は、きれいにこの型の裏返しです。在庫と現場と現物を抱える商売ばかり。

この型で戦った会社、他にもあったよな……と考え始めたところで、話が過去に向かい始めました。


二、任天堂の「正史にない数年間」


任天堂が花札屋だったことは、誰でも知っています。

でも1960年代、山内溥がタクシー会社(ダイヤ交通)を経営し、インスタントライス(三近食品)を売り、連れ込み宿まで営んでいたことは、あまり知られていません。私も今回初めて知りました(インスタントライスは味で惨敗したそうです)。

どれも「花札で稼いだ現金があり、次の柱が見えない」焦りの産物で、ほぼ全部畳んだ後、工場の保守係だった横井軍平が暇つぶしに作っていたマジックハンド玩具「ウルトラハンド」が大ヒットして、玩具→ゲームの道が定まります。

興味深いのは、この時代が公式の社史ではかなり薄く扱われていることです。

そういえば、あの光栄(現コーエーテクモ)も、1982年には日本最初期のアダルトゲーム『ナイトライフ』を出していました。セガの前身は米軍基地向けのスロットマシン業者(Service Games=SEGA)。マツダはコルク、トヨタは織機——ただし、コルクや織機は社史で誇れるのに、連れ込み宿や脱衣麻雀は「編集」される。

企業の正史というのは事実の記録ではなく、現在のブランドから逆算して書かれる共同幻想なんですね。何を載せるかより、何を「欠番」にするかで、その会社が今なにを恥じているかが分かる。


三、タイトーという名の暗号


そして探究は、思わぬ人物に行き着きます。

タイトーの創業者、ミハエル・コーガン。1920年、オデッサ(現ウクライナ)生まれのユダヤ人です。

革命とポグロムの混乱を逃れて一家でハルビンへ渡り、そこで極東ユダヤ人の保護に奔走していた安江仙弘大佐と出会って親日家となり、1939年に来日。戦後の1953年に「太東貿易」を設立します。

この社名が凄い。「太東」とは、猶太人の極東の会社——つまり「タイトー」というカタカナの中には、今もディアスポラの記憶が封印されているのです。社名自体が、暗号化された欠番。

事業も見事に「スキマ商売」でした。日本初の国産ウォッカ「トロイカ」(帝国ホテルのバーでも扱われたそうです)、ジュークボックスの輸入レンタル、クレーンゲーム、パチスロの原型機。盛り場に硬貨で動く機械を置き、現金を回収して回る——警察力と体面の届きにくい縁(へり)の商売です。

そのジュークボックスの設置網とメンテナンスのノウハウがアミューズメント機器に横滑りし、1978年、スペースインベーダーで歴史が動きます。

ここで、めまいのするような符合に気づきました。ポグロムの暴力に追われた少年の会社が、半世紀後に世に出した世界的ヒットが、「上から迫り来る侵略者を、最後の防衛線で撃ち続ける」ゲームだった。開発者の西角友宏さんが意図したはずもないのに、器のほうが記憶を宿してしまったような。

そして2026年の今、オデッサは再び戦火の中にあります。


四、脇筋がまた凄い


コーガンの物語には、強烈な脇筋が二つあります。

一つ。娘のリタさんの結婚相手は、リチャード・エドランド——『スター・ウォーズ』の特撮でオスカーを取った視覚効果の巨匠です。インベーダーの創業者の娘が、銀幕の宇宙戦争を作った男と結ばれている。

二つ。コーガンは死の半年前、インベーダーブーム終焉で10億円の借金を抱えていた辻本憲三氏に1億5千万円を貸しています。その金で創業されたのが——カプコンです。ストリートファイターの版図まで、あの亡命者の貸した現金から始まっている。

妻のアシャーさんは1993年の株式上場時、自身の持ち株をタイトー社員全員に無償で分配譲渡しました。亡命者一家らしい、義理堅い幕引きです。

なのに、この物語はほとんど語られていません。本人が徹底して顔を出さない人で、写真がほぼ残っていない。語り継ぐ前に急逝し、一族は日本を離れ、会社も買収されて、記憶を保持する主体が消えた。悪意の抹消ではなく、語る主体が誰もいないまま風化した「無主の欠番」です。


五、ハリウッドと同じ文法


ここで、ある補助線が引けます。

ハリウッドの創設者たち——ゴールドウィン、メイヤー、ワーナー兄弟——は、ほぼ全員が東欧系ユダヤ移民でした。銀行も鉄道も法曹も、既存のエリート産業は門を閉ざしていて、「いかがわしくて誰も本気にしない」5セント映画館だけが空いていた。だから彼らは、その空き地を産業に変えるところまでやるしかなかった。ニール・ゲイブラーの名著の題名がすべてを言い当てています——『彼ら自身の帝国:いかにユダヤ人はハリウッドを発明したか』。

日本のゲームも、同じ文法で語れるはずなのです。

無国籍の亡命者コーガン。米軍将校上がりのユダヤ系アメリカ人が興したセガ。京都の花柳界と地続きの花札屋だった任天堂。中心にいられない者たちが、警察力と体面の届かない現金の縁に集まり、そこを世界産業に変えた。

なのに日本のゲーム史の語りは「ものづくり神話」と「クリエイター列伝」に回収されて、この社会史の層がすっぽり抜けています。理由も構造的で、ハリウッドの物語は「アメリカン・ドリーム」という国民的物語に接続できたから正史になれた。日本には「余所者が国民的産業を作った」ことを誇りとして語る文法そのものがない。

語られないのは資料の不足ではなく、受け皿となる物語の不在なのではないでしょうか。


六、留保——韻と拍のあいだ


最後に、自分への戒めを一つ。

「歴史は韻を踏む」ように見えるとき、韻を踏んでいるのは歴史ではなく、人間の側です。無数の事象から「響くもの」だけを拾い上げているのは、こちらの認知なので。

ただ、韻を生む「拍」のほうは実在します。人間の抱える問題(暴力、逃走、防衛)は百年程度では変わらないこと。排除された者には、まだ産業と見なされていない空き地しか残されないこと。この二つの拍がある限り、似た旋律は何度でも立ち上がる。

危険なのは物語ること自体ではなく、物語を「発見した」と思い込むことでしょう。だからコーガンの物語も、埋まらない空白は空白のまま置いておきたい。欠番は欠番のまま——それが怪談の作法としても、歴史への礼儀としても、正しい気がしています。

カブトムシの通販から始めて、オデッサまで来てしまいました。DMMの昆虫ビジネスが成功するかどうかは知りません。ただ、百年後の誰かが「2026年、あの会社はなぜ昆虫を売ったのか」と掘り始めたとき、そこにまた別の欠番が見つかるのかもしれません。

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