漢学を成せる者は(遺訓追加2)
原文
漢学を成せる者は、いよいよ漢籍について道を学ぶべし。
道は天地自然のもの、東西の別なし、
苟(いやしく)も当時、万国対峙の形勢を知らんと欲せば、春秋左氏伝を熟読し、
助くるに孫子をもってすべし。
当時の形勢とほぼ大差なかるべし。
現代語訳。
漢学を成しているものは、いよいよそのまま漢籍に学べばよい。
道は天地自然のものであり、洋の東西を問うことは当然ない。
だから、現在でも、万国の対峙の形勢を知りたければ、
左氏伝を熟読し、補助教材として、孫子を用いるべし。
古今は通じるから、
現在と過去の形勢はほぼ大差ない、と。
僕も漢籍は簡単に読めるものなら、
それなりに読んでいます。
でも、大著となると、目を通すだけでいっぱいです。
また、それを理解しようとすると、難しい。
一生ものの仕事になるかもしれません。
ともかく、読書は勉強です。
勉強したければ、個別に読めばいいのです。
どこまで勉強するかは、その人次第です。
当然のことながら、僕には関知の余地はありません。
春秋は古代の魯の国を中心にした編年体の歴史書です。が、しかし、
説明は簡素で、それだけでは分かりづらい。
それで注が必要になります。
それで具体的な事件の補足があるのが、
春秋左氏伝です。
それを読むと、
各国の外交や戦争の様子が分かります。
最後の方には孔子も登場し、
ある意味では非常に面白い書物です。
全体を読むのは骨が折れますが、
興味があるなら、手に取るべきですね。
そこからさきは僕には何とも言えません。
それで道義を確かめられるなら、いいのですが、
古い書物です。
でも、西郷の言う通りなら、
そこに人間の国事に関する交際のほぼ全てがあるのでしょう。
彼を信じて読んでみるのも、手ですね。
また、僕は、孫子としては、勝利とは何か、
それを考えることになるのでは、と思えます。
そもそも勝利とはその時々で姿を変えるものではないでしょうか。
孫子の言葉通りなら、戦わないことも勝利となり得るのであり、
普通は戦争論ですけど、
ビジネス的に言うなら、
それは相手方とコンセンサスとか合意に至ることでしょう。
交渉の成否とか、やられた、やってやったというのは、些末なことの気がします。
そうも言ってられないのかもしれませんが、
そのことを目指すのが、正しいのでしょうか。
局地的にはそれが正解かもしれません。
しかし、僕は真理や真実を知りたい。
だから、局地的なものでは満足できない。
とするなら、もう相手が誰であれ、
言質して聞き糺すしかない。
だから、勝利は難しい。
勝利とは真理や真実の獲得です。
それが僕の孫子の適当な理解です。
普通の戦争なら、生還が勝利かもしれません。
確かなことは分かりませんが、
そう考える余地は僕的にはありました。
まあ、でも、君主に仕えているなら、
命令の達成ですね。
それが普通の勝利条件と言えるでしょうね。
それはともかく、個人としては、真実の獲得が勝利でなければ、何が勝利なのでしょう。
だから、相手が悪ければ、得るものはありません。
だから、孔子も、朝に道を聞けば、夕べに死すも可であると言いました。
とりあえず、僕もそう考えます。
ところで、孫子を買うなら、
曹操の注がついているものを買うべきです。
面白いので、参考にしてください。
古代の英雄の息遣いを感じられることは素直にありがたいことです。
まあ、これくらいです。
これくらいで言いたいことは言えたので、終わりにします。
ご覧いただき、ありがとうございます。
いいなと思ったら応援しよう!
もしよければサポートお願いします。
頂きましたサポートはクリエイターとしての活動費用に用立てます。さらにクオリティの高い記事を書けるようサポートよろしくお願い致します。