みん教の教育②-5 意見がぶつかっても関係を立て直せる教室をつくる
係活動で意見が割れ、片方が「もう一緒にやらない」と席を離れた。
教員が多数決で終わらせると、不満だけが残った。
この場面で考えたいのは、衝突が起きないことを良い集団の条件にし、違いを早く消すことである。
大人に悪意がなくても、目の前の問題を早く収めようとすると、子どもが学ぶはずだった判断や行動を大人が引き取ってしまう。
表面が静かになったことと、教育の目的が実現したことは同じではない。
判断の基準は、反対意見を持ったままでも、相手の権利を守り、次の共同作業へ戻れるか、という点に置きたい。
結果だけを見るのではなく、子どもが何を理解し、次にどんな行動を選べるようになったかを見る。
教員の安心や管理のしやすさを、子どもの成長と取り違えないことが必要だ。
具体的には、事実と感情と要求を分けて話し、合意できる点、保留する点、試して確かめる点を整理する。
一度で身につくことを期待せず、初めは大人が支え、次は一緒に行い、最後は本人が使える形へ少しずつ返していく。
支援は与え続けることでも、急に手を放すことでもない。
安心は、何も起きない状態ではない。
安全と尊厳が守られ、困ったときに助けを求められ、失敗や衝突のあとに戻る道がある状態である。
学校が先回りして負荷を消すのではなく、回復可能な挑戦と立て直しの機会を用意することが、安心と成長を両立させる。
ただし、暴力や排除を話し合いで済ませず、安全確保と責任ある対応を先に行う。
教育の名で苦痛や責任を子どもだけへ押しつけてはいけない。
安全、尊厳、権利、合理的配慮は、成長と引き換えにするものではなく、挑戦を可能にする土台である。
また、子どもの感じ方を一度のアンケートだけで判断しない。
言葉にしにくい子、周囲へ合わせて「大丈夫」と答える子もいる。
日常の行動、本人の言葉、家庭からの情報を重ね、安心と負荷の状態を継続して確かめたい。
教員側も、自分の説明、課題、環境、仕組みに原因がなかったかを振り返る必要がある。
子どもにだけ変化を求めず、大人の判断も仮説として扱い、結果を見て修正する。
その往復が、教育を精神論から実践へ変える。
わたしが目指したいのは、意見がぶつかっても関係を立て直せる教室をできる教育である。
子どもを守られるだけの存在に固定せず、必要な支えを受けながら、自分と他者の生活をよりよくできる力へつなげたい。
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