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教育の境界線|配慮と甘やかし⑥ 負けると泣く子のために、勝敗をなくしてよいですか?

ゲームや競技で負けるたびに、激しく泣く子がいる。

負けた相手を責めたり、道具を投げたり、その後の活動に戻れなくなったりすることもある。

周囲の子も困る。
本人もつらそうだ。
そこで教員は、勝敗がつく活動をやめ、みんなが同じ結果になるようにする。

争いを防ぎ、安心して参加させる配慮に見える。
しかし、泣かせないことを優先して、負ける経験そのものをなくしてよいのだろうか。

負けて悔しいと感じることは、悪いことではない。
問題は、強い感情をどう表し、どう立て直すかである。

配慮するなら、感情を感じないようにするのではなく、感情を整える方法を支える。

いったん活動から離れて落ち着く場所を用意する。
悔しさを言葉で表す。
相手や物を傷つけないという線は明確にする。
落ち着いたら活動に戻り、次に負けたときの行動を一緒に決める。

参加方法や回数を調整しながらも、勝つことも負けることもある場に戻る道を残している。
これは配慮である。

反対に、その子が泣かないよう、勝敗のある活動をすべてなくす。
負けそうになれば結果を変える。
本人だけを勝たせ、周囲にも譲るよう求める。

これでは、目の前の感情は収まっても、悔しさと付き合い、行動を選び直す経験は得られない。
甘やかしに近づく。

もちろん、すべての学習に競争を取り入れる必要はない。
勝敗が学習目的と関係なければ、協力型の活動を選ぶこともできる。
心身の状態によって、一時的に参加を見合わせる判断もある。

大切なのは、泣いたかどうかで活動を決めることではない。
何を学ばせたい活動なのかを確認し、本人が感情を整えながら参加できる方法を探すことだ。

次の活動の前には、負けたときにどうするかを本人と具体的に決めておく。
「一度深呼吸する」「決めた場所で休む」「助けが必要なら合図する」など、取れる行動を増やしていく。
活動後には、どこまで自分で立て直せたかを振り返り、支援の量を見直す必要がある。

配慮と甘やかしの境界線は、感情を整えて再び参加できるよう支えるのか、つらい感情を経験しないよう勝負そのものを消すのかだ。

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