毒を持つ生き物が綺麗な理由を人間に重ねてみた
自然界には周囲の景色に自分の体をそっくり似せて、存在を消そうとする生き物がいます。天敵に見つからないように、背景と同化して透明になろうとする。これと同じことを私たち人間も日常の中で無意識に行っています。
自分の内側にこれといった自信がなく拠り所にするものを持たないとき、私たちは周囲から浮き上がることを極端に恐れるようになります。そうやって自分を薄め集団という背景に溶け込むことは、一見すると賢い生存戦略のように見えます。
しかしこの擬態という行為は自分を守っているようでいて、じわじわと自分の内側を削り取っていくことでもあります。周囲に合わせるために自分が本当に感じている違和感や、ふと湧き上がった独自の考えを、なかったことにして飲み込み続け、自分を消し続けているうちに自分は一体何色の人間だったのかが分からなくなっていきます。
目立たないことは攻撃されないことを意味しますが、それは同時に誰からも見つけられない、いないも同然の存在になることでもあります。私たちが必死に溶け込もうとするのは、裸の自分を見せられるほどの自分を守る術を持っていないからです。何も持っていないからこそ隠れるしかない。その臆病さが、いつの間にか自分の色を奪い、どこにでもいるその他大勢という灰色の中に閉じ込めてしまっています。
自分を守るための毒
毒を持つ生き物がまとっている鮮やかな色は、ここから先は自分の領域であり、侵されることはないという境界線の提示です。
私たちが擬態を選んでしまうのは、自分の中にこうした絶対的な境界線、つまり自分を守るための毒を持っていないからです。人間にとっての毒とはたとえ誰かに嫌われたとしても、これだけは譲れないという、自分だけの価値基準や美学のことです。
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