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学歴・ガリ勉は時代遅れ!新卒年収1400万円、地主600倍、三井物産は「書類通過後」でも22倍――人手不足なのに、トップ就活がむしろ厳しく見える理由 ※日曜日の投稿

新卒、年収1400万円。

2027年卒採用で、霞ヶ関キャピタルが打ち出した待遇である。

2026年8月時点で、この採用には約1300人が応募し、すでに約10人に内定が出ているという。

単純に比較すれば130対1になる。

もちろん、これは最終的な採用倍率ではない。

それでも、新卒採用としては十分に衝撃的な数字だ。

だが、驚くのはまだ早い。

地主株式会社は2025年、新卒採用について、

「2名の採用者に対し1,200名の応募」

があったと会社自身が公式に発表している。

単純計算なら、

600倍。

600人に1人である。

さらに、私が最も驚いたのは三井物産だった。

三井物産は公式の人事データブックで、

「新卒社員の書類選考通過者数÷入社者数」

という数字を公表している。

2023年3月期は30倍。

2024年3月期は29倍。

2025年3月期は23倍。

そして2026年3月期も、

22倍。

である。

ここは重要なので、もう一度書きたい。

応募者が22人いて1人入社する、という数字ではない。

書類選考をすでに突破した人たちの人数が、入社者数の22倍なのである。

もちろん、書類通過者全員が最後まで選考を受けるわけではないし、内定辞退などもある。

したがって「合格率4.5%」と単純に読み替えるべき数字ではない。

それでも、

「三井物産の書類選考を突破する程度には優秀な学生」が大量に残ったところから、さらに選抜が続く

という事実は変わらない。

日本は少子化である。

人手不足である。

新卒は「売り手市場」だと言われている。

では、この数字はいったい何なのだろうか。


「若者が足りない」と「高年収の席が余る」は全く違う

答えは、おそらく単純だ。

労働市場は一つではない。

人手不足になれば、

「どこかの会社へ就職する」

ことは容易になる。

しかし、

「極めて高い報酬を払う会社へ入る」

ことまで容易になるとは限らない。

年収400万円の仕事が人手不足だからといって、年収1400万円の席まで余るわけではない。

むしろ高い報酬には、人を集める力がある。

東京から応募する。

地方から応募する。

難関大学から応募する。

海外大学からも応募する。

体育会も来る。

起業経験者も来る。

研究者も来る。

プログラマーも来る。

男女を問わず優秀な人が同じ席を目指す。

つまり、

普通の人材は不足しているのに、高付加価値の席には人材が集中する。

これは何も矛盾していない。

労働市場全体では売り手市場でも、トップ市場だけ切り取れば猛烈な買い手市場になる。

地主の600倍は、その極端な姿である。


しかも現在は「学歴の戦い」だけではない

ここまでは昔からあるエリート就活の延長にも見える。

三井物産のような人気企業に入るのが難しいこと自体は、昔から変わらない。

難関大学へ入る。

良い成績を取る。

学生時代に何かを経験する。

面接を突破する。

こうした競争は以前からあった。

しかし、最近の採用市場を調べていて、私は別の変化の方が気になった。

「何大学を出たか」ではなく、「実際に何ができるか」に、かなり露骨な値段がつき始めている。

象徴的なのがMujinである。


C++と線形代数に「新卒年収1100万円」の値札がつく

産業用ロボットを手がけるMujinは、

「新卒向け ロボティクスシステムエンジニア」

を募集している。

給与は、

年俸800万円~1100万円。

新卒である。

しかし当然、条件は軽くない。

求められるのは、

C++やPython。

線形代数。

3次元幾何学。

Linux環境での開発経験。

さらにロボティクスやソフトウェアエンジニアリングにおける、相当程度の研究・実務経験である。

考えてみると、これは非常に面白い。

高校の教室で、

「C++が得意です」

「線形代数が好きです」

「3次元幾何を研究しています」

と言ったところで、それだけでクラスの中心人物になることはあまりないだろう。

学校によっては、

「ちょっと変わった人」

として扱われるかもしれない。

ところが数年後、その能力に、

年間1000万円前後

という値札をつける会社が現れる。

能力そのものが突然変わったわけではない。

能力を評価する市場が変わったのである。


LayerXは「新卒だから安くする」をやめ始めた

LayerXは2026年3月、新卒エンジニアについて、

入社時から年収1000万円を超えるオファーも可能

と発表した。

会社が理由として挙げているのは、

職種。

スキル。

パフォーマンス。

そしてAIなどを活用して生み出す高い生産性である。

ここでも重要なのは年齢ではない。

「どれだけ価値を生み出せるか」

である。

従来の日本企業には、

新卒はまだ何もできなくていい。
入社してから育てる。

という考え方が強かった。

そのため、同じ年度に入社した社員なら給与も似ていた。

ところがLayerX型では、

22歳でも能力が違うなら、報酬が違って当然だ。

という発想になる。

新卒採用に、人的資本の市場価格という考え方が入り込んできたのである。


Sakana AIでは「何大学?」の後に「何ができますか?」が来る

さらにSakana AIまで行くと、日本型の新卒一括採用からかなり離れる。

同社のApplied Teamは新卒応募も歓迎している。

応募では英文CVとカバーレターを提出する。

書類選考を通過すると、職種によって、

技術課題またはエッセイ課題

が課され、その後に複数回の面接がある。

Applied Research Engineerには、

LLM。

AI Agent。

Multi-Agent System。

RAG。

検索技術。

VLM。

といった具体的な技術経験が求められる。

研究人材についてはさらに分かりやすい。

Sakana AIは、候補者が示せる実績として、

AI関連プロジェクト。

論文。

NeurIPSやICLR、ICMLなどの研究成果。

高品質なコード。

オープンソースへの貢献。

などを挙げている。

つまり、

「私は○○大学です」

で能力証明が終わらない。

その次に、

「では、何を研究しましたか」
「何を作りましたか」
「コードを書けますか」

と現物検査が始まる。

これは従来型の学歴競争とは少し違う世界である。


ここで、昔から持っていた仮説を思い出した

私は以前から、一つの感覚を持っていた。

中学校や高校の主流派価値観に強く適応した人ほど、社会人になったときに意外と苦戦することがあるのではないか。

というものだ。

学校によって文化はかなり違う。

私自身の経験では、地方ではスポーツや会話の面白さなどが大きな価値を持つ環境があり、首都圏の進学競争の強い環境では学力や難関大学への進学がより大きな価値を持つように感じた。

ただし、これはあくまで私自身が接した環境から得た感覚である。

「地方=スポーツ、東京=ガリ勉」という一般法則が研究で確認されているわけではない。

ここは分けて考える必要がある。

しかし、

学校の中に、社会全体とは異なる独特の評価軸が存在する

という点については、興味深い研究がある。


高校では「運動能力」「Social Skills」が高い地位と関連していた

2026年、和光大学の髙坂康雅氏が『青年心理学研究』に発表した研究では、高校1年生を対象に2回の調査を行い、266人のデータを分析している。

その結果、

Social Skills、運動能力、Lifestyle

は、スクールカーストにおけるグループ間地位と正の関連を示した。

一方、

Hobbies and Skills(趣味・技能)

は、グループ間地位と負の関連を示した。

ここで注意したい。

これは、

「運動ができればスクールカースト上位になる」

という因果関係を証明した研究ではない。

あくまで関連である。

調査対象も266人であり、日本中の高校すべてへそのまま一般化できるわけではない。

それでも非常に興味深い。

高校という市場では、

運動能力。

Social Skills。

Lifestyle。

などが高く評価されやすい一方で、趣味や特殊な技能そのものは必ずしも高い地位につながらない可能性が示されている。

そして数年後。

Mujinでは、

線形代数。

C++。

3次元幾何。

に1000万円前後の価格がつく。

同じ人間でも、参加する市場によって能力の価格は大きく変わる。


では「ガリ勉」が最後に勝つのか

ここまで読むと、

「やはり学生時代に遊ばず勉強した人間が最後には勝つのではないか」

と思うかもしれない。

しかし、それも違う。

労働経済学者David Demingの研究では、現代の労働市場でSocial Skillsの重要性が高まっており、特に雇用や賃金の伸びが強かったのは、

数学的・認知能力とSocial Skillsの双方を必要とする仕事

だった。

つまり、

頭がいい。

だけではない。

人付き合いがうまい。

だけでもない。

頭を使えて、専門能力があり、しかも人と仕事ができる。

この組み合わせが強い。

だから、

陽キャ vs ガリ勉

という二項対立自体が、現在の高付加価値労働市場を説明できなくなっている。


「学校の人気者」と「仕事で人を動かせる人」は違う

ここも重要だと思う。

学校で人気者だった人が持っている能力の一部は、仕事でも非常に価値が高い。

他人の気持ちを理解する。

知らない人と関係をつくる。

チームをまとめる。

対立を調整する。

分かりやすく説明する。

相手に応じて自分の役割を変える。

こうした能力は、社会へ出ても大きな武器になる。

一方、

内輪で笑いを取れる。

学校中に知り合いがいる。

クラスの中心人物である。

ということ自体が、そのまま職場での高い生産性になるとは限らない。

Demingが研究しているSocial Skillsも、単なる「おしゃべりの上手さ」ではない。

協働し、役割を分担し、変化する状況に適応する能力である。

だから、

学校の人気=社会で必要なSocial Skills

ではない。


そして「ガリ勉」も同じ罠にはまる

逆方向にも同じことが起こる。

難関大学へ入った。

模試で上位だった。

試験で正解を出す能力が高かった。

これは明らかに大きな能力である。

しかし会社では、

問題文そのものが存在しないことがある。

何が問題なのかから考える。

正解が複数ある。

関係者が反対する。

途中で前提が変わる。

70点の案でも期限内に決断しなければならない。

誰かが責任を取らなければならない。

だから、

偏差値ゲームで勝った人にも、新しいゲームへの適応が必要になる。

「昔、勉強ができた」

という成功体験だけでは足りない。


現代のトップ就活は「ガリ勉+リア充+専門家」になっている

ここまで調べて、私は現在のトップ就活が昔より楽になったとはとても思えない。

三井物産を目指すなら、

高い認知能力。

学業。

学生時代の経験。

コミュニケーション。

判断力。

面接力。

などを要求される。

しかも、書類を通過した後でも、入社者との人数比は22倍。

霞ヶ関キャピタルの高給採用なら、大勢の応募者の中から突出した能力を示す必要がある。

地主なら、

2席に1200人。

Mujinなら、

C++。

Python。

線形代数。

3次元幾何。

研究経験。

LayerXなら、

技術力。

専門性。

AIを使った高い生産性。

Sakana AIなら、

英文CV。

研究成果。

コード。

技術課題。

つまり現在のトップ市場で要求される人材は、

ガリ勉だけでもない。

リア充だけでもない。

極端に言えば、

ガリ勉 + リア充 + 専門家

である。


今の学生は「二刀流」どころではない

勉強してください。

しかし勉強だけでは駄目です。

人とも付き合ってください。

何か主体的な経験もしてください。

ガクチカを説明してください。

インターンも経験してください。

専門能力も身につけてください。

技術職ならコードも書いてください。

英語もできた方がいい。

AIも使ってください。

そして最後に、

全部を面接で論理的に説明してください。

トップ市場では、そういう競争になりつつある。

競争がなくなったのではない。

競技種目が増えた。

という方が近いのではないだろうか。


だから最初の仮説は、半分間違っていた

最初に私は、

中学・高校時代の主流派価値観に強く適応した人ほど、社会人になって苦戦するのではないか。

と考えていた。

今は、この仮説を修正したい。

学校で人気者だった人が社会で苦戦するとは限らない。

そこで培った協働能力やリーダーシップを別の環境でも使えれば、むしろ非常に強い。

ガリ勉だった人も同じだ。

そこで培った認知能力を、高度な専門性へ変換できれば非常に強い。

だから問題なのは、

主流派だったことではない。

もっと正確には、

一つのローカルな世界で成功した評価軸を、世界共通の評価軸だと思い込むこと

なのだと思う。


学校での成功も、もちろん無駄ではない

ここは誤解されたくない。

学校での成功を「意味がない」と言いたいのではない。

スポーツで努力する。

友人関係を築く。

難しい試験へ挑戦する。

部活動で人をまとめる。

研究に打ち込む。

そうした経験は、自己効力感や忍耐力、学力、協働能力など、その後に使える人的資本になる。

問題は、

そのとき評価された能力の価格が、一生変わらないと思うこと

である。

市場は変わる。

職種が変わる。

年齢が変わる。

技術が変わる。

求められる能力も変わる。

だから自分も変わる必要がある。


学校は、人生で最初に参加した小さな市場にすぎない

15歳のとき。

クラスの中心ではなかった。

スポーツが苦手だった。

人気がなかった。

それを人生全体の評価のように感じてしまうことがある。

逆に、

学年一の人気者だった。

スポーツ大会で活躍した。

模試でトップだった。

難関大学へ進学した。

その成功を、自分の価値そのもののように感じることもある。

しかし学校の教室は数十人だ。

学校全体でも数百人である。

社会には無数の市場がある。

そこで初めて、

「あなたのその能力なら1000万円払います」

と言ってくれる会社が現れるかもしれない。

逆に学校では圧倒的だった能力が、別の市場ではそれほど高く評価されないこともある。


新卒1400万円、600倍、そして「書類通過後22倍」が教えてくれること

霞ヶ関キャピタルでは、新卒年収1400万円級の採用に約1300人が応募した。

地主株式会社では、

2人の採用に1200人が応募した。

三井物産では、

書類選考を通過した人数ですら、入社者の22倍いる。

そして一方では、

Mujinが新卒の高度技術人材へ800万~1100万円を提示する。

LayerXは新卒でも1000万円超のオファーを可能にする。

Sakana AIでは学生にも研究・コード・技術課題という能力の現物検査が待っている。

この数字を並べると、一つのことが見えてくる。

少子化しても、高い価値がある席から競争が消えるとは限らない。

そして、

何が「高い価値」なのかも変わり続ける。

学歴。

学力。

Social Skills。

専門技術。

研究。

AI。

事業をつくる能力。

人を動かす能力。

それぞれに別の市場価格がつく。

だから本当に強い人とは、

ずっと学校の主流派だった人でも、

ずっと非主流派だった人でもないのだと思う。

環境が変わったとき、

「今、この市場では何に価値があるのか」

をもう一度考えられる人。

そして必要なら、

昔の成功体験にしがみつかず、新しい能力を身につけられる人。

そういう人なのではないだろうか。

学校でつけられた自分の値札を、一生信じる必要はない。

しかし、そこで得たものを捨てる必要もない。

持っている能力を別の形へ変換し、新しい能力を加え、次の市場へ持っていけばいい。

学校とは、人生で最初に参加した小さな市場にすぎない。

そして人生では、その後何度でも、

自分の市場価格をつくり直すことができる。

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