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排外主義が街に飛び出した?──JICAデマ以降、”日本人ファースト”の現在位置

「これは現実なのか」という戸惑いから

2025年10月26日、永田町。
小雨の降る午後、自民党本部前の歩道に数百人が集まり、
「移民はいらない」「日本が壊される」と声を張り上げていた。

その列の中を、一人の外国人男性が歩いた。すると、罵声が飛んだ。

「国に帰れ」「殺すぞ」

SNSの切り抜き動画でもなければ、海外の極右集会でもない。
2025年の東京、国会のすぐそばで起きた現実だ。
その場にいた記者が「これは現実なのか」と思ったという。
私も同じ感覚を覚えた。

この言葉が、違和感なく路上に転がっている社会に、日本はいつからなってしまったのか。

JICAデマは「始まり」ではなく「成功体験」になった

2025年8月、SNS上で突如として、JICAの「アフリカ各国との地方自治体連携事業」が「大量移民受け入れの前段階」「外国人に特権的ビザを発行する計画」といった誤情報とともに拡散され始めた。根拠はゼロだ。だが、あっという間に数万件規模でシェアされ、自治体には抗議の電話とメールが殺到した。そして9月、JICAは事業の一時見直しを発表した。

問題は誤情報の拡散ではない。「デマでも、騒げば行政が動く」──この成功体験が、運動の推進力になってしまったことだ。デマであっても、拡散すれば圧力になる。圧力が集まれば、公的機関も動く。この回路が、一度成立してしまった。JICAデモは排外主義の始まりではない。「効いてしまった」転換点だった。そしてこの成功体験は、次のデモ、次の標的へと連鎖していく。

なぜ彼は「敵」にされたのか

永田町のデモ現場にいたのが、東京在住のカナダ人記者、エィヴェリー・フェーンさんだった。

剣道をきっかけに日本文化に惹かれ、16歳で来日。高校・大学時代を日本で過ごし、2025年から在日英字メディアの記者として、東京で取材活動をしている。

彼は、デモを初めて取材するため、歩道を歩いていただけだ。プラカードを掲げたわけでも、参加者に声をかけたわけでもない。

それでも、彼は指をさされ、怒鳴られた。
「こいつだ」という視線とともに。

彼が攻撃された理由は、何をしたかではない。
どう見えたかだけだ。
思想も、立場も、発言も関係ない。
「外国人に見えた」
それだけで、敵になった。

これは政治的対立ではない。
社会が「見た目」で敵味方を振り分け始めたという話だ。

「数字じゃない。怖いんです」という言葉

取材中、若いデモ参加者がこう語ったという。
「外国人犯罪が増えているから参加した」

法務省の統計では、在日外国人の犯罪率は長期的に減少している。記者がそのデータを示すと、彼は一瞬言葉に詰まり、こう言った。

「数字の問題じゃないんです。怖いんです」

この言葉が、すべてを物語っている。

彼は嘘をついているわけではない。
データを知らなかったのでもない。

恐怖という感情が、事実を上書きしている状態なのだ。排外主義は理屈から生まれるのではない。不安があり、怒りがあり、その置き場として「外国人」が選ばれる。この構造は日本だけのものではないが、日本ではこれまで、それが「空気」になる前に止まっていた。

いま、そのブレーキが外れつつある。

ネットの言葉が、路上に出てきた

エィヴェリーさんはこう語っている。
「以前は、こういう言葉はSNSや匿名掲示板で見るものでした」

言葉の居場所が変わった。
かつて「国に帰れ」「〇すぞ」は、ネットの奥に閉じ込められていた。
いま、それが国会前の歩道にある。

海外メディアは、日本のデモを「秩序正しく、安全」と評してきた。だが、それはもはや現実を反映していない。暴力とは、殴ることだけではない。公共空間で、殺害をほのめかす言葉が許容されること自体が、暴力の前段階だ。

これは「表現の自由」の問題ではない。社会が、どこまでの言葉を許すかという問題である。

それでも、対話をやめなかった人

印象的なのは、エィヴェリーさん自身の姿勢だ。
彼は、デモ参加者を一括りに「悪」とはしない。
「彼らもSNSの誤情報に影響されている面がある」と語る。
インタビュー動画でも、彼は相手と横に並び、話す。一方的にマイクを突きつけない。「出て行けと言われるほど、私のことが嫌いですか?」そう問いかける。

怒りを否定せず、しかし憎悪に変換しない。
これは綺麗事ではない。社会が壊れるかどうかの瀬戸際で、必要な態度だ。

日本人ファーストは、誰を救ったのか

「日本人ファースト」は、日本人を救ったのか。
生活は楽になったか。不安は減ったか。答えは、どれも違う。

残ったのは、怒鳴っていい空気。排除していいという感覚。
そして、「誰かを下に置くことでしか自分を保てない社会」だ。
排外主義は、思想ではない。空気として広がる。空気になった瞬間、それは止めにくくなる。

ここで思い出すべきは、過去の教訓だ。1930年代のヨーロッパで、排外主義が「空気」になったとき、それを止められた国はほとんどなかった。空気は、誰も責任を取らない。だからこそ、誰もが加担できる。そして気づいたときには、もう遅い。

歴史は繰り返さないが、韻を踏む。
だからいま、「これは現実なのか」と立ち止まる必要がある。その違和感を、なかったことにしてはいけない。

見て見ぬふりをするかどうかだ

社会に出て約40年、私は「空気の変化」を何度も見てきた。
だが、空気は自然に変わるものではない。誰かが「これはおかしい」と最初の一言を発するまで、ただ濃くなっていくだけだ。

マジョリティである日本人には、三つの選択肢がある。

一つ目は、黙っている。
二つ目は、「まあ仕方ない」と受け流す。
三つ目は、「それは違う」と声を出す。

どれを選ぶかで、この先の社会が決まる。

エィヴェリーさんは言う。「相互理解が深まった先で、排斥的な言葉を聞かなくていい日が来ることを願っている」と。
楽観的すぎると思う人もいるだろう。

だが、彼は少なくとも、怒鳴る側に社会を明け渡していない。対話を諦めていない。それだけで、何もしない私たちよりも、はるかに前に進んでいる。

いま問われているのは、立場でも思想でもない。目の前で起きていることを、見なかったことにするかどうかだ。それだけだ。


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