【閲覧注意】私たちの境界線はどこにあるのだろうか【AIとCBと炎上と】
地獄の釜の蓋が開く8月
先週は帰省でバタバタしてたんですが、その間にBTSの北米公演第二弾だけじゃなく色んな事件が起きてましたね。どうして私は今パソコンの前に座っていられないの!?って悲鳴を上げました。
今回はその話なのですが……閲覧注意なのは「AIに関する炎上」からです。ほとんどやないか( ;∀;)
先に目次を読んでから進んでくださいね!
一週間で何が起きたのか
テテがChampionのアンバサダーになって新ビジュアルを次々投下し……
Late Late Showチャンネルの神動画が非公開になって、衝撃が走りまくり……
※とりあえずARMY動画を再生リストに入れときました。
ギャー、ジェームズ・コーデンチャンネルのバンタン動画が非公開になってる!!
— 音色 (@thracia776_bts) August 11, 2026
「Carpool Karaoke」や「Crosswalk concert」が……
ライセンス切り替え!?
早く帰って来てほしい(T_T)#BTSARMY #BTS_twt @bts_bighit
【BTS】The Late Late Show with James Cordenhttps://t.co/ummDM2EwwD
「ARIRANG」事前リーク犯への身元開示申請が認められて、裁判の予感にワクワクし……
これによりBIGHIT MUSICは該当アカウント運営者の名前と住所、メール、電話番号をはじめ、接続ログとIPアドレス、登録された決済手段名義者情報などを確保できるようになった。
Grammyが8/21のエントリー〆切を前に、「アジアン・ポップ賞」を再検討する可能性を示唆し(インドが増えてるw)……
バラエティ誌の情報筋によると、メイソン氏をはじめとするグラミー賞の幹部らは、K-POP、J-POP、C-POP、インドなどを代表するアーティストや幹部と協議を重ねてきたという。Academyは、この分野のメンバーやリーダーたちと協力し、新カテゴリーや新賞の導入プロセスについてさらなる助言を求めるため、理事会および賞・ノミネーション委員会を招集する予定だ。
チリではチリ公演開催問題で炎上したナタリア・デュコ大臣が次官もろとも辞任して、スポーツ省上層部が空になり……
スポーツ大臣が公用車を私的利用したことがすっぱ抜かれ、次官と共に辞任しました。政権発足からわずか5ヶ月での閣僚離脱になります。
BTSがGEMINIとのコラボレーションを発表して、AI許さない界隈が炎上し……
クサズ(RM・j-hope)がUsherとChris Brown(以下CB)の共同コンサートを観に行って炎上しました。👈イマココ

公演で使われた映像には『SNTY』アッシャーver.もあった
盛りだくさん過ぎるやろ!!
やっぱ、この時期は地の底から何かが出てくるんでしょうか……。
今回、AIで炎上しそうなところをCBがかっさらっていった、みたいな感があります。
この話題は両方とも、最初聞いた時何で燃えたのかがわからなかったため、多分感覚が違うんだろうと思って色々読みました。
考えた結果を書き残してみたいと思いますが、もし荒れたら消すか途中から課金ロックするかするかもしれません。すみません。
ちなみにこれは自分の意見ですので、もし例と同じ考えの方がおられたとしても偶然ですし、それを非難するものではない、ということは予めお断りしておきます。
AIに関する炎上
これに関しては、昔からある新しいメディアへの反応(TVを見るとバカになる論とかゲーム脳とかスマホ依存症云々)や、AIが駆逐していく色んなものへの恐れ、それをバンタンが支持したように見えることへの抵抗を感じました。
ツアースポンサーブースにいたし、「Run BTS 2.0」でも出てたし、Weverse AIもそっち系統なんで、もう公然の事実だとしか思ってなかったです。すみません( ;∀;)
対話システムの骨組みにDialogflowを入れているということは、脳みそはGeminiなんでしょうか。
言語も時差も関係なく24時間働けるAIチャットボットは、GLOBALファンプラットフォーム・Weverseには最強のパートナーになりうる可能性がありますね!
何故AIへの反対をSNSで叫んでいるんだろうか
こっちはCBにかき消されたのであまり意見を読みませんでしたが、正直前提となる「AIとは何なのか」から深い溝を感じます。
ChatGPTみたいな、生成AIだけがAIじゃないと思うんですよね。検索も自動翻訳もお勧めアルゴリズムも全部AIです。
今の私たちの生活でAIが入っていないところは少ないですし、SNSなんか投稿状況の全てが学習対象であり、AIの手のひらの上です。
別に反対するなら使うなと言うわけではありませんが、説得力を持つかというとちょっとブーメランが返っていく可能性が高いですよね……。
反AIポストが
— 音色 (@thracia776_bts) August 14, 2026
AI翻訳で流れてくる
SNSの夏
AI利用に関する課題や指摘には色々あり、学習による権利侵害やクリエイティブ面での懸念以外で海外でよく言われるものだと、データセンターのもたらす環境負荷もあります。
私もバンタンが原子力発電のCMに出たら、微妙な気持ちになるのかもしれませんが、論議を抱えながらも一定の恩恵を生み出し、社会インフラに組み込まれているシステムは多数存在しています。
それらと関わらないことを望むというのは、社会活動として非現実的ですし、「理想化したバンタンを無菌室に置きたい」という欲望にも見えますので、個人的には同意しません。難しいんじゃないかなあ……。
AIはただのツールではないだろうか
「今までAIに反対していたくせに矛盾してる」という意見もあったのですが、その意見には「AIはツールである」という視点が抜け落ちているように思います。
確かにバンタンが意見を述べたことはありますが、それは例えばディープフェイクを使ったデマ拡散のような悪用であったり、AI生成楽曲が人の作った音楽と同等に評価されることへの懸念だと思います。
いずれも問題なのは、使用側である人間の姿勢と環境整備じゃないでしょうか。
最近であればグクがライブ配信でAIに触れていたのが記憶に新しいので、気になる人はこちらをどうぞ。
🐰JK:
でも、AIを使うのはほどほどにした方がいい。
つまり、えっと……AIで何かを、たくさんの人の役に立つ職業や仕事にAIが力を貸してくれる形式はすごくいいと思うけれど、最近はAIで何でも作っちゃうから。
正直、本当にAIなのか本物なのか区分するのも難しくなってきて、それじゃディープフェイクと変わらないよ。AIもあまり乱発しちゃダメだと思う。
バンタンを多少なりとも知っていれば、
「あなたたちも音楽作成をAIにさせるんですか!?」
みたいな意見は出ないと思うんですが、もし不安を感じた人はアルバムレビューやドキュメンタリーを見ると、彼らの創作姿勢が理解できて面白いと思います。Netflixなら「BTS THE RETURN」がお勧めです( *´艸`)
こういう揉める案件の時は、必ずARMY以外の外野も参加してきます。ARMYも多いけど、「AI嫌い勢」「BTS下げたい勢」も多いですからね。
Xで変な意見を言ってるアカウントを見たら、Grokにこの人普段どういう発言してるの、って訊くといいですよ。AI便利ですね。あっ。
何故「CMに出る=全許容する」なのだろうか
これはCB炎上の件にも通じるのですが……
正直、「接点がある=抱える課題を全許容した」と判断するのは、私には二段飛ばしの三段論法に見えます。
Aには問題がある
Bは接点を持った
BはAと同罪であり、連帯責任を負う
②から③で飛躍しすぎじゃないでしょうか。計算問題の回答でこんな途中式書いたらペケされます。
心理学でいうところの穢れは伝染する、的な「感情的伝染(Contagion effect)」バイアスでしょうか。
「わかりやすい」と「正しい」は混同しやすいのですが、このシンプルな論法で解決することはありません。Aの問題には手つかずのまま、②からBの話にすり替わっているからです。
実際に問題を解決したいと望むのであればプロモーションしている推しではなく、企業や業界へ訴えた方が効率的ではないでしょうか。バンタンは魔法の杖を持った解決者ではないのです。
CBの件をどう受け止めるか
次に来たCBの件を、事実ベースでまとめると大体こうなります。
ナムさんとホビが、UsherとChris Brownの共同コンサートを観に行った
現地で楽しんでいる様子や、楽屋で会った様子がSNSで公開された
Chris Brownの暴力的側面が再注目され、炎上した
欧米では彼の暴力事件の認知度が高いらしく、反応が大きい
日本や韓国ではあまり反応がなく、伝播してから注目された
私はクサズの投稿を見た時
「好きなアーティストの公演を楽しんだなら良かった」
「次のトロント公演の下見までできて一石二鳥」
くらいに思っていたので、この反応には驚きました。

お国柄や文化的な違いを考慮しても、やはり炎上側の意見は自分の推し活スタンスとはまったく違ったんですよね。
この記事を読んでくださってる方がどのスタンスかはわかりませんが、私から見たら他の意見がどう映るのか、書いてみます。世の中色んな見方があるもんだな、とでも思っていただければ幸いです。
私たちはどのスタンスにいるのだろうか
この騒動に対するスタンスを見ていて、まずスタート地点からいくつかの違いがあるように感じました。
根本的なスタンスの違い その1
彼らは、人生の全てをBTSとして生きる必要はない
影響力を持っている人間の発信は、すべて公的性質を持つ
根本的なスタンスの違い その2
作品の価値と製作者の問題は切り離せる
アーティストの私生活や人格は、作品と切り離せない
これはわりと大きいと思います。
別に誰が正しいかという問題ではなく、もちろんそれぞれの間にはグラデーションがあって「時々そう思う」もありますが、大雑把に分けるとそういう違いがあり、前提が違うと話が全く合わないので、自分はどこにいるのかな思ってみるのはありじゃないでしょうか。
ちなみに①①が最も「個人の自由を尊重する派」で、②②は「道徳や責任を重視する派」になると思います。私はかなりはっきりと前者です。
失望したという意見にはどんなものがあったか
今回は、クサズの行動に失望したという感情が炎上の発端になったと思われます。
何故そう思ったのか興味があったので、会話スレッドなども掘り下げて読んでみたのですが、この三段論法は非常に多かったです。
CBのコンサートに行き、親交の様子を公開した
それはCBと彼の犯した悪行を支持する行為である
それは暴力や反フェミニズムへの加担であり、彼らの訴えてきた「非暴力」との矛盾である
ではどうすればよかったのか、という意見については「コンサートへ行くべきでなかった」「映像を公開すべきでなかった」から、「釈明・謝罪すべき」まで非常に多様な意見がありました。
根本的にはこういう論理展開から、批判や擁護へと枝分かれしているように思われます。
前述した「スタンスの違い」で①①派に近い人はスタート地点でわりと「自分が口を出すことじゃないし」と脱落しているケースが多いので、②②を中心とした人同士が責任の線引きをし合っている状態、とも言えます。
行動としては法的な問題はありません。個人が私生活で何をしようが、同業者として交流しようが関係ありませんし、観客が公演者の犯罪歴に対し連帯責任を持つ根拠はゼロです。
問題の焦点は各自の「倫理観」に負う部分が大きく、それゆえに切り取り方が難しいと感じられます。
私が覚えた既視感と違和感
この構図には見覚えがありました。チョン・バビ事件や『3D』事件を調べていた時、同じ構造の論法によく遭遇したからです。
ここからセンシティブ案件の詰め合わせみたいな地雷地帯になるので、ダメな人は離脱してください。
念のため書いておきますが、これはあくまで私が私の考えを整理するために書いたものです。誰かへの反論や当てこすりが目的ではないので、「えっ私のことかな」って思ったら「考えすぎ」って打ち消してください。
帰省中車の中で暇だったから、3000件くらいコメント読みましたが、世の中、同じ考えをもっとダイレクトに書いてる人がたくさんいます( ;∀;)
コンサートへ行くべきではなかったのか
まず、コンサートに行ったことを「CBへの支持=彼が行った暴力行為への支持」と捉えるのは、私にとっては論理が飛躍しすぎています。
その論理だと、あの時コンサート会場にいた聴衆や、CBをインスタでフォローしている1億4千万人は全員支持者となり、人の感覚の多様性を無視しているからです。
それは、
「チョン・バビが関わった曲を聴くことは彼の犯罪行為を支持している」
「ハーロウパートには差別語と取れる歌詞があり、その許容は差別への許容と同じだ」
という過去によく見た論と同じだと思います。
話題が「暴力・DV」なだけに、手を出しにくい点まで似ています。
個人的には、情緒を人質に取る説得の仕方は倫理的でないと感じます。
目的は手段を正当化しません。被害者の権利を訴える過程で他の人(加害者含む)の権利を無視すべきではなく、多様な見方を許容せず「反対する人は悪サイド」と決めつけるべきでもないと思います。
社会の改善を訴える場合は、より適切な方法がないかを一緒に考えていく必要があります。ファンダムの一員として声を上げるなら、猶更です。
彼らがCBの背景を知っていて参加したのか、知らなかったのかはわかりません。日韓の反応の遅さからすると、まあ違う文化圏の話は伝わらないよね、とは思いますが、それらはすべて想像ですから判断の根拠にはなりませんし。
「(売名やコネ作りに)利用されただけでは」というのも、現段階では陰謀論の域を出ません。
ダンスやR&Bをルーツに持つバンタンは、昔からChris Brownの音楽に触れています。「BTS HOME PARTY」でも彼の曲で踊りましたし、インタビューやライブ配信でも名前を挙げています。
彼らはただ、好きな音楽を楽しんだのだと受け取っています。
BTS HOME PARTY セトリ
3. Meek Mill's CoCo Part 2 (ft. Jeezy & O.T. Genasis) (Choreography: Scott Forsyth)
Chris Brown's Take You Down (Choreography: Brian Puspos)
Kyle's Don't Wanna Fall In Love (Choreography: Carlo Darang & Chris Martin) :J-Hope, Jimin and Jungkook
親交を公開すべきではなかったのか
これは、「影響力がある人間に公私の区別はあるのか」という問題だと思います。
「影響力を持つ者は、私生活の交流においても被害者感情への配慮を優先すべきだ」という意見は理解できます。
ただ、実際的ではないと感じますし、それは実際に炎上してからの後知恵バイアスだとも思います。要するに、事故ってから「やらなきゃよかったよね」と言うより、事故る可能性を全部潰す方がめちゃめちゃ難しいということです。しかも今回、文化圏が違うところで炎上しましたし。
リスク回避の観点からすれば、公表しないという選択肢もあると思います。毎回相手や周囲から情報が出ますので、回避したければ「参加しない」一択ですが( ;∀;)
バンタンサイズのグローバルな影響力を持てば、何をやっても誰かが傷つきますから、これを選ぶと行動範囲が非常に狭まるでしょう。
私はテテが語った、「ファンが集まっている時はホテルに閉じこもっていたが、今は出かけてしまう」という言葉を思い出します。
🐻V:昔は全部気をつけなきゃいけなかったから、「テヒョンさん、今は外にファンの方が多いので出られては困ります」って言われたら「あ、分かりました」って。それでずっとホテルにばかりいて。
でも今は、「テヒョンさん、外にファンが……」「あ、大丈夫です。そのまま行きます」って。
🐿️JH:(笑) 「行きます」
🐻V:そのまま行ってピックルボール打って、写真や動画撮られてパッと(ネットに)上がったら、もう二度とそこには行かないようにして。
🐿️JH:(笑)
ホテルにいれば退屈ですが、安全です。外へ出れば人生を楽しめますが、事故に遭ったり他人を巻き込む危険性もあります。
あなたなら、どちらを選ぶでしょうか。私は、どちらを選んでもバンタンの選択であり、彼らの人生だと思います。
これを会社が管理すべきだったという意見も見かけましたが、それを本当にやったらプライバシーの侵害であり私生活への干渉なので、新人ならともかく今のバンタンにはしないのではないでしょうか。
国連スピーチはバンタンの烙印なのか
バンタンは、今回もチョン・バビ事件や『3D』事件でも同じことを言われています。要約すると「国連スピーチまでしたくせにあれは嘘なのか」です。
BTSがUNICEF(ユニセフ)とパートナーシップを結んでいた「LOVE YOURSELF」キャンペーンの印象がそれだけ強く、ホワイトハウスでのアジアンヘイトに関する対話やBLM(Black Lives Matter)運動への寄付も相まって、彼らを社会活動の旗印のように感じた層が多いのだと思いました。
BTSの「LOVE MYSELF(まず自分を愛そう)」キャンペーンとユニセフの「#ENDviolence(暴力をなくそう)」キャンペーンにより、グローバルな子どもおよび青少年暴力根絶キャンペーンが開始されました。
暴力、虐待、いじめをなくし、世界中の子どもと若者の自尊心と幸福を促進することが、共通の目標として掲げられました。
ただこれは、当時の文脈やスピーチ内容を拡大解釈して「BTSは善の代表のくせに悪に関与するなんて失望しました」みたいに使われることも多くて、正直バンタンの烙印なのかと思わされることがあります。
「公で非暴力を訴えた人は、過去に問題を起こした人間と生涯接点を持つべきではなく、持った場合は噓つきだ」
と私が書いた場合、それは極論だというツッコミが入るでしょう。しかし、バンタンはこれを言われまくるので大変だと思いますし、今キャンペーンを引き継いでいる弟グループにも同じ枷が与えられないとも限りません。
社会的な啓発メッセージやグループとしての理念と、プライベートとは別だと思います。
彼らの言葉はバンタンの行動を縛る公約ではなく、世界を守る網として受け取るべきではないでしょうか。
「人間なので判断ミスはする」への違和感
今回色んな意見を読んでいて、「彼らも人間なので判断ミスはする。これから学んでいけばいい」という意見がありました。
これは基本的に擁護派から出て来ますし、文面的には穏やかで前向きなフォローに見えるのですが、個人的には強烈な違和感を覚えました。もし該当する人がいたらごめんなさい。偶然です!
この意見は、私にとっては失望派の亜流スタンスに見えます。
他人に対して「失敗した」と判断する行動から派生し、改善を促しているからです。
しかしその判断はその人のものであり、バンタンのものではありません。他者の行動選択や内面に踏み込んで反省を求めることを、「対話」「健全な改善の提案」と表現できるかと問えば、私の感覚ではできません。
茶碗を落として割ったとか、そういうわかりやすい過失とは異なります。
こういう各人のモラルをベースにした正解のない案件で「ミスは誰でもあるから次は頑張って」という姿勢を取ることは、私からすれば親か教師が一段高いところから声をかけているのと同じなのです。
それは「指導」であり、ファンダムからなら「消費者からの要請」にもなります。
通常の関係においては越境だと感じます。親や教師が子どもにすることは許容できても、ママ友にされることは許せない、そういう「境界線」を越える行動だというのが私の受け取り方です。
昔流出した文書に、海外ファンが「Educate(教育)する」という言葉を使うので本国ファンが嫌がる、という一文があったのを思い出しました。
私はそういう言葉を受け入れませんし、他人にしたいと思いませんし、彼らにもされたくありません。私にとって「私はあなたを愛しているから言う」は越境の理由にならないのです。
それが、違和感の原因だと思います。
「女性として声を上げる」ことへの違和感
今回、女性として見過ごせない、として声を上げたARMYが多かったです。
自分事として捉える連帯的な視点であり、共感もできます。
ただそれがバンタンへ向けられた瞬間、これまた強烈な違和感を覚えるのです。何故なんでしょうか。
「女性が大多数であるファンダムを持つなら、配慮すべき」
という意見は、ある意味正しいです。主にマーケティング的な面で。
しかしファンであり、消費者であるARMYがそれをバンタンに言った場合、構図としては「被害側としての女性」「消費者」という2つの圧が、バンタンに向かいます。
そうなると、どうやったって男性である彼らはCBと同じ「加害側」に置かれ、サービス提供者として消費者の意見を受け入れるのか反抗するのかを問われることになります。
これは女性としての痛みを否定しているわけではなく、発言者がそう思っていると非難したいわけでもありません。構造的にそうなる、という視点の提示です。
私にはそう受け取れるため、力関係が非対称な構図でバンタンに声を上げることを「対話」と表現することに抵抗を覚えるのです。
CBは男性にも暴力をふるった記録がありますから、「ARMYは人類が対象のファンダムなのだから配慮すべき」と言い換えられるのに、「暴力」ではなく「女性虐待」という言葉を選択するのは何故なのでしょうか。
無意識に発言の正統性を強化しやすい表現を選んでしまうからなのか、当事者性や「バンタンは女性の味方であるはず(べき)」という気持ちが先に立つからなのか……まだ答えは出ません。
私はバンタンを友達だとは思いません。
私たちはアーティストとファンであり、彼らがどれだけのものを見せてくれたとしても、会話すらしたことがない異国の他人であるという事実は揺らぎません。
そして、女性虐待はデリケートな課題です。
知らない人に、「愛しているからこそ訊きたいんですが、あなたは女性虐待を支持してるんですか?」といきなり問えるほど、「愛」は強い許可証になるでしょうか。
「女性として」以前の問題として、私にはできません。
K-POP界隈で会社が非難されまくる理由
バンタンにハマってK-POPに来た頃一番驚いたのは、会社を下げる発言が常態化していることでした。そこまで会社に注目し、責任を求めていること自体が、まず驚きでした。
これについては、本国側のポストを読んだり専属契約書を和訳したりしてみる中で、「会社ってある意味サンドバッグとして機能してるんだな」と思うようになりました。
実際、「会社を悪として非難することで、推しに罪はないことを宣伝する」という考え方の解説も見ました。
よく見るのが、「会社は何もしない」「アーティストを保護すべき」という論調です。ハッシュタグ総攻も見ますし、たまに「守れないなら独立やむなし」まで行きますね。
これは自分の感覚ですが、日本で何か起きた場合は、会社はそこまで前に出なくて、まず本人による釈明を求める傾向が強くないでしょうか。
でもここでは、「庇護されるべきアーティストがこんなことになっているのは会社の怠慢」という論調があり、本人の声はあまり求められないんですよね。
K-POPってファンダムベースの商売なので、アーティストと超強力な情緒的絆を結び、それをエンジンにして販売からプロモ・チャート戦略に至るまでを駆け抜けますよね。
横から見てると、消費者としては会社に対峙し不満をそちらへぶつけることで、アーティストへの愛が守られる構造になっています。ヘイトは会社へ、ラブは推しへ、の二頭立てです。
しかしこのシステムがグローバルに展開すると、そのお約束までは伝播しません。
お約束自体は、本国の国民感情に根差して生まれたものだから、スミン・ミュス・投票みたいに手順を覚えられるものと違って、文化の壁をなかなか越えないんですよね。
HYBEウォッチャーの私は、バンタンを守るために会社を攻撃する本国と、「会社はバンタンが作ったのに何で攻撃するんだ」と怒る海外、みたいな対立をよく見かけます。
今回の件で本国側が静かだなと思った人は多かったらしく、理由として「そもそもCBや彼の暴力事件が認知されていない」という意見が出ていました。
それはあると思います。日本人だって同じくらいの感覚じゃないでしょうか。
ただ個人的には、声を上げる対象の違いみたいな部分も感じました。
欧米の場合、「正しい側に立ち、声を上げ続けること」が正義であるという感覚を感じます。そこでは、沈黙は悪なのだと思います。
韓国にもキャンセルカルチャーはあるんですが、「兵役逃れ・校内暴力・脱税」などの身内のモラル違反に対して発動しやすく、海外の過去のDV事件に女性が注目して怒りの声を上げるかと言えば、「よその問題」だと思っている節がありそうな気がします。違ったらごめんなさい。
個人的には「会社は何をしていたのか(リスク管理を怠った)」という意見を見かけた時、久しぶりにK-POPらしい考え方が来たなと思いました。推しが主体的に行動したという可能性より、まず「すべてを管理すべき会社の過失」と見ているからです。今回アメリカ中心に炎上したせいでその考え方のポストをあまり見なかったんですよね。
まあ、どちらにおいても「全リスクを考慮すべき」は極端だと思いますが……( ;∀;)
これだけの文化差があるので、グローバルファンダムにおけるリスクコントロールというのは本当に難しいと感じます。
ある文化圏での「個人的な楽しみ」が、地球の裏側では人権問題に発展し、謝罪すれば別の文化圏が「過剰反応に屈した」と怒るでしょう。
これを「有名税」と表現するのが適切かどうかはわかりませんが、支払うのは直接SNSの声を読み、ステージでARMYと対峙するバンタンです。
念のための蛇足
事実を言っても、名誉毀損は成立します。
判決が確定するまでは「推定無罪」であり、償いを終えれば法的には社会生活を営む権利が回復しています。
バンタンを擁護しようと陰謀論を唱えれば、それは他者への名誉毀損になります。
キャンセルカルチャーは市民に声を持たせますが、誤爆や巻き込みによる被害も生みますし、SNSメインの動きなのでとにかく白か黒かの二元論になりやすいです。
ファンダムの情緒が荒れる時はつい言葉が先走ってしまいますから、お互い気を付けて渡っていきましょう。
キャンセルカルチャー:
社会正義を根拠にした排斥運動。不買運動やボイコットを行い、社会的に排除・追放を求める動き。SNSが普及した頃、アメリカを中心に発生した。
例えば仕事で顧客アンケートを作るとして、
— 音色 (@thracia776_bts) August 15, 2026
1️⃣絶対NG
2️⃣絶対OK
3️⃣その他
みたいなのを作ったら怒られる。
回答の9割が3️⃣になるのは目に見えてるから、取る意味がない。
でもSNSでは世界が1️⃣2️⃣に分かれているように見えるから、最大多数な無言の3️⃣がモヤモヤする。
自分はそういうものだと思ってる。
まとめ
結局のところ、事実としてわかるのは
「彼らは一人のアーティストとしてステージを観に行き、楽しんだ」
ということだけであり、それ以上の論争に発展していることについては、私は「バンタンも大変だな」と思います。
バンタンの真意まではわかりませんが、私にしてみれば自分の姿勢は暴力への鈍感さを意味しません。
例え「ARMYなら見過ごせないはず」と言われたとしても、私の関心は私のものであり、他人が干渉できるものではなく、外から判断できるものでもありません。
私たちは何が欲しいのか
バンタンはいつも相反する要望の渦中にいます。
「もっと構ってほしい」「自由にしてほしい」「会社は働かせすぎ」「もっと英語を喋ってほしい」「韓国語のままでいい」「現地語で話してくれて嬉しい」「影響を考慮して行動すべき」「自然な姿を見せてくれてありがとう」……
私たちは何が欲しいのでしょうか。
何故、それをバンタンに求めるのでしょうか。
彼らが自由で縛られず楽しんでいて欲しいという気持ちと、彼らは世界に責任を持つべきだという気持ちは、共存できるのでしょうか。
バンタンは生きています。年齢を経て成熟し、ライフステージを進め、変化していきます。キラキラ輝いていた少年期とは違う、新しい姿を見せてくれます。
クラシック界ならほとんどの推しは死後ですし、宝塚なら卒業すればもう今の推しとは違う人生が始まるので、彼らの変化と並走していく経験が私にはとてもまぶしく映ります。
もし、バンタンが私の倫理観的に許せない道を選んだ時は、私は並走を止め、この推し活で得た喜びと知見、そして好きな曲や良い思い出と共に去るでしょう。彼らに変化を求めようとは思いません。釈明や謝罪も不要です。
バンタンには彼らの望む音楽をしてほしいですし、ARMYはそれが嫌になったら去ることができます。
アーティスト自身を変えたいとは思いません。選択するのも、それによるリスクや栄光を引き受けるのも、私ではないからです。
美しい花がくれる喜び
推しに心を預ければ、時に大きく揺り動かされることもあります。
でも、私たちの船の舵を握っているのは私たちです。手を離さなければ、転覆することはありません。
私たちにとってバンタンは世界の一部ですが、全てではありません。それは悲しみではなく、喜びです。
世の中には「悪い部分から目をそらすのは本物のファンではない」「好きだからこそあえて言う」と表明する人もいます。
でも私は、綺麗な花を摘み取って自分だけの花束を作る幸せを誰が否定できるだろう、と思います。棘に刺されながら歩かなければならない道も多い中で、その花束が私たちにどれだけの喜びをくれるでしょうか。
今回の論争が辛いと思った人には、「目を背けても不誠実ではない」とお伝えしたいです。
ブロック・ミュート・NGワード、何でも使って、あなたの平穏を守って下さい。あなたの幸せが、バンタンを幸せにするでしょう。
かわいいARMYはいっぱいいるので、怒ってるアカウントはちょっとミュートしといて、美味しいところだけ食べてください。
バンタンが「アミーーー!」って叫ぶのを見て嬉しくなったら、あなたも仲間です。沼の底でお待ちしております!
人生最大の推し「子ども」
今回の炎上を見ていて、自分の中の価値観がまたひとつはっきりしたように思います。
私には、人生最大の推しである「子ども」がいます。
バンタンと違って明確に庇護すべき未成熟な、まだ保護者に依存する年頃の――しかし親が全てを決める時代は過ぎ去りつつある子を育てる中で、私は毎日選択に直面します。
こうあってほしいという姿と今の姿、その境をどう埋めるのか。
埋めるのは誰なのか。親はどこまで何を口出しし、どこで手を放すべきなのか。
子どもの性格や環境もありますから、正解はありません。周りからの口出しも来ますし、周囲への配慮も必要です。毎回が一発勝負で、炎上するのは自分のタイムラインではなく子どもの人生です。
だから私は、バンタンへの反応を見て自分の価値観を測り、検証している部分があります。
自分は自分の判断を許せるのか。許せないのか。
それを子どもに伝え、継承することができるのか。
こうして推し活をするまで、「倫理」というものを深く考えたことはありませんでした。
しかし、意識されなくてもそれは確かにあり、海を越えて目的地へ向かう渡り鳥に方向を教える磁場のように、人を強く突き動かす力を持っているものだということを学びました。
私の場合は、「違和感」がその形を教えてくれます。だからこそ、感じ、考えることを止められません。
センシティブでデリケートな話なのに、こんなところまで読んでくださった方に感謝します。本当にありがとう。あなたの中にあるものの形が少しでも浮かび上がれば、嬉しく思います。
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