【簡単レシピ】やさしい味を探して、厚揚げを煮る日
夕方の台所に立つと、冷蔵庫の中身を眺める時間がある。
何を食べようか。
何を作ろうか。
毎日の食事は、特別な出来事ではない。
けれど、その日の身体や心の具合によって、欲しくなるものは少しずつ違っている。
ここのところ、どうもお肉が続いていた。
もちろん、お肉は好きである。焼いた鶏肉の香ばしさも、噛んだときに広がる旨味も好きだ。
けれど、毎日の食卓には、ときどき「もう少しやさしいもの」を置きたくなる。
そんな日に目に入ったのが、厚揚げだった。
いつもなら鶏肉で作る料理である。
甘辛い煮汁に鶏肉を入れ、大根おろしとピーマンを合わせる。
これまでも何度か作ってきた、私にとって馴染みのある味だ。
ならば今日は、鶏肉ではなく厚揚げにしてみよう。
そう思った。
厚揚げなら、きっと味を受け止めてくれる。
そんな気がしたのである。

フライパンに油をひく。
少し温まったところへ、一口大に切った厚揚げを並べる。
じゅう、と小さな音がする。
白く柔らかな豆腐の面が、少しずつきつね色へ変わっていく。
この瞬間が好きだ。
料理というものは、ときどき音や香りによって、まだ完成していないのに「おいしくなる未来」を教えてくれる。
厚揚げから立ち上る香ばしい匂いを感じながら、私は大根をすりおろす。
大根の白い身が、細かな雪のように器へ落ちていく。
そこへ、みりん、醤油、酢。
そして、ほんの少しの赤唐辛子。
煮汁を作る。
この料理で、みりんはとても大切な存在である。
甘さをつけるだけではない。
料理全体を丸く包み、味と味のあいだに橋を架けるような役割をしてくれる。
みりんの甘みには、砂糖とは少し違う、奥行きがある。
口に入れた瞬間に「甘い」と強く感じるのではなく、醤油の塩気や酢の酸味と重なりながら、じんわりと舌の上に広がっていく。
そこへ大根おろしが加わる。
大根の持つみずみずしさが煮汁に溶け込んで、濃さをほどいていく。
そしてピーマン。
緑色のピーマンを入れると、台所に少しだけ夏の気配が生まれる。
鮮やかな緑。
ほろ苦い香り。
甘い煮汁の中へ入っていくと、その苦みさえも料理の一部になっていく。
鍋の中で、すべてがゆっくり混ざり合う。
煮立ったら火を弱める。
あとは6~7分。
急がなくていい。
ぐつぐつと強く煮るのではなく、静かに火を通していく。
その時間が、食材の間に味を染み込ませていく。
やがて火を止める。
台所が少し静かになる。
器へ盛り付ける。
白い大根おろし。
緑のピーマン。
焼き色のついた厚揚げ。
そこに甘酸っぱい煮汁が絡んでいる。

なんだか、派手ではないけれど、とてもきれいな料理だと思った。
そして箸を入れる。
厚揚げをひと口。
まず感じたのは、焼き目の香ばしさだった。
表面にはフライパンで焼いた香ばしい風味があり、その内側には厚揚げ特有の、ふわりとした豆腐のやさしい食感が残っている。
噛むと、煮汁がじゅわっと広がる。
みりんの甘みが最初にやさしく舌へ触れ、そのあとから醤油の旨味が追いかけてくる。
そこに酢の酸味がほんの少しだけ顔を出す。
酸っぱい料理ではない。
むしろ、酸味は隠し味に近い。
けれど、そのわずかな酸味があることで、甘さがぼやけない。
甘みが輪郭を持ち、醤油の味が重たくならず、最後にはすっと消えていく。
その間に、大根おろしの瑞々しさがある。
これがとてもいい。
大根おろしは、料理の中に水を一滴落とすような存在である。
厚揚げのコクを残しながら、口の中をさっぱりさせてくれる。
だから、もうひと口食べたくなる。
もうひと口。
そして、またひと口。
気がつけば箸が止まらない。
ピーマンを食べる。
すると今度は、少しだけ苦みがやってくる。
けれど、その苦みは決して尖っていない。
みりんの甘みの中で丸くなり、醤油のコクと重なって、むしろ料理全体を引き締めている。
ピーマンには、ピーマンにしか出せない青々しい香りがある。
それが厚揚げの素朴な味とよく合う。
さらに赤唐辛子が、最後に小さく灯る。
舌の奥にほんのり残るピリッとした刺激。
決して辛さが主役になるほどではない。
ただ、甘く、酸っぱく、旨味のある味の最後に、小さな火をともしてくれる。
この料理には、いろいろな味がいる。
甘み。
塩気。
酸味。
苦み。
辛み。
そして、大豆の旨味。
それらが競い合っているのではなく、互いに譲り合いながらひとつの味になっている。
だから私は、この料理を食べていて「滋味深い」という言葉を思い浮かべた。
鶏肉で作ったときには、鶏肉そのものの旨味が前に出る。
肉の脂が煮汁に溶け、しっかりとした満足感を作ってくれる。
それはそれで、とてもおいしい。
けれど、厚揚げに変えたことで、この料理は少し静かになった。
強く主張しない。
けれど、食べるほどに味わいが深くなる。
豆腐の淡い味わいが、みりんや醤油、大根おろしの味を受け止めている。
まるで白い紙に、一色ずつ色を重ねていくようである。
最初は何気ない。
けれど、噛みしめるほどに、その中にいくつもの味があることに気づく。
そして、ご飯をひと口。
これがまたよく合う。
煮汁をまとった厚揚げを白いご飯の上へ乗せる。
少し崩れた大根おろしがご飯に絡む。
甘みのある煮汁が米の一粒一粒に触れる。
口の中で一緒になった瞬間、今度はご飯の甘みまで加わって、料理がもう一段やさしくなる。
派手なごちそうではない。
高価な食材を使っているわけでもない。
それでも、こういう料理には、不思議な安心感がある。
疲れた日の夕方に食べると、「今日はこれでいい」と思わせてくれる。
いや、「これがいい」と思わせてくれる。
食卓には、たまにこういう料理が必要なのだと思う。
身体を驚かせるような強い味ではなく、ゆっくり染み込んでいく味。
食べ終わったあとに、満腹感だけではなく、少し心まで落ち着くような味。
今回、鶏肉を厚揚げに変えてみたのは、ほんの小さな思いつきだった。
けれど、その小さな変更から、思いがけないお気に入りが生まれた。
料理は面白い。
いつものレシピから何かひとつを変えるだけで、見慣れた風景が少し違って見える。
厚揚げは、鶏肉の代わりではなかった。
厚揚げには厚揚げの味があり、この料理にはこの料理の、新しい表情があった。
だから、これは定番入りである。
お肉が続いた日。
少し疲れた日。
こってりしたものではなく、やさしい味を食べたい日。
そんな日に、またこの料理を作ろうと思う。
フライパンから立ち上る湯気を眺めながら、静かにご飯を待つ。
そんな時間も含めて、この料理はおいしいのである。
厚揚げとピーマン、大根おろしの甘酸っぱい煮物
材料(2人分)
厚揚げ 2枚
ピーマン 4個
大根 8cm
みりん 大さじ4
醤油 大さじ1
酢 大さじ1
赤唐辛子の小口切り 適量
油 大さじ1
作り方
大根はすりおろしておきます。
フライパンに油大さじ1を敷き、軽く温めます。
一口大に切った厚揚げを入れ、表面に少し焼き色がつくまで焼きます。
焼き色がついたら、赤唐辛子、みりん、醤油、酢を加え、さっと混ぜます。
ピーマンと大根おろしを加え、ひと混ぜしたら煮立たせます。
煮立ったら弱火にし、6~7分ほど煮ます。
火を止めて、器に盛り付けたら完成です。
みりんのやさしい甘みと、醤油の旨味、大根おろしの爽やかさ、ピーマンのほろ苦さが重なった、どこかほっとする味わいです。
いつもの鶏肉版とはまた違う、厚揚げならではの滋味深さ。
お肉が続いたときの「ちょっとやさしいおかず」として、ぜひ試してみてほしい一品である。
(鶏肉の時は下味付けがあるので、鶏肉の下味知りたい方はコメントいれてください)
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