丁寧に生きる
今日も家で資格試験の勉強をしていて、途中机の上に転がるペンを手に取ってメモを取る一コマがあった。そして自分が書く字がいつからかずいぶんと乱雑になっていることに気づいた。
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小学生の3~4年ぐらいから、家の近所の書道教室に友達数人と習いに行っていた。そもそもなぜ通い始めたのかは定かではないが、おそらくは母の意向だと思う。
教室は1回あたり約1時間で、鉛筆書きの硬筆が30分と筆と墨を使った毛筆が30分ほどだった。
その教室では授業が終わると、先生がコーラやぶどうなどいろんな味のどんぐりガムが入った箱を持ち出して来て、「終わった人は1個好きなの持って帰っていいよ」と、ちょっとしたごほうびをくれる習わしがあった。
今にして考えれば子どものやる気をキープするための教室のサービスだと思うけれど、習いたての頃は書道をやる意味すらよくわからないまま、しっかりとどんぐりガム目当てに通っていた。
その後6年生まで稽古を続け、字もだいぶ上達し級も上がったものの、その頃になると、自分が書道をしている夕方の時間帯に見たいテレビ番組があったり、遊び回っている他の同級生のことを考えるとやる気が萎んでしまい、結局小学校卒業に合わせて辞めてしまった。
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そんな小学校時代の書道教室のことを思い返していたのは、行き詰った試験勉強に区切りをつけ、しばらくゴロゴロした後に、干していた洗濯物を一つずつ畳んでいたときだった。
「母さんが書道教室に行かせたかったのはこういうことだったのかも」
とふいに頭に浮かんだ。ずっとわからなかった謎が急に解けたように。
自分が親になり、もし子どもを書道教室に通わせるとしたら、その理由は大づかみに言って「丁寧さを身につけさせたい」ということになるかもしれない。
静かに集中すること、ちゃんと挨拶をすること、まっすぐ正座の姿勢を保つこと、筆の動きの細部まで意識すること…。字をきれいに書く、ということもそのうちの一つにすぎない。
あのころ教室で学んでいたのは、確かにそういうことだった。
自分なりにその答えに辿り着くまでに、かれこれ30年以上経っていた。
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大人になって日々忙しく暮らしているうちに、丁寧さというものもすっかり忘れていたかもしれない。書きなぐった乱雑なメモがそれを物語っている。
窓を開けて一つ深呼吸し、背筋を少し伸ばし、洗濯物を出来る限りきれいに畳んだ。
ごほうびのどんぐりガムはもう無くても大丈夫。
大人としてもう一度丁寧にやってみる。
