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ラスト・ダンス② 紅楼夢の殺人読書会紅楼夢と『紅楼夢の殺人』を比較する

これはこれ全て仮の物語なり
都に権門あり、元は石頭
あるいは衆目を前にして死し
あるいは死して宙に浮かび
あるいは忽然として屍を現わし
あるいは己の死せるを知らずして死せんしか
その終わるところを知らず
されど全ては天命なれば
罪びとの罪はついに顕れずならん

芦辺拓 紅楼夢の殺人

(ネタバレあります)

紅楼夢の世界を舞台にした紅楼夢の殺人は、文字通り紅楼夢の世界から登場人物が作り出されているというのは、間違いないだろう。
しかし、そこにはかなりの差異が見られるというのも事実である。
ここでは一旦その差異について論じていきたい。
登場人物の最期という意味で各事件の詳細も書いていくので、ご承知願いたい。


紅楼夢の世界に『探偵』をつくるには?

この物語の探偵役は大観園の内側の探偵役は紅楼夢の主人公である賈宝玉であるが、外側にもう一人存在する。それが司法官頼尚栄である。
しかし、この頼尚栄は原作には一応登場はするものの、他の人物と比較すると完全なるモブである。ではなぜ彼が探偵役の一人になったのか?

答えは読んでいただければ明確だろう。大観園というある種の世界を外側から見ることのできる人物が必要であったからだ。つまりは現代における読者と同じ視点を持つ人物として配置されたのは間違いない。
探偵小説という形式はある種近代的な価値観といえる。紅楼夢の世界にその近代的な価値観を導入させるためには、司法官という形で事件に介入できる者が望ましい。(ただ、それが機能していたかどうかは別として)

もう一人の探偵役賈宝玉に関しては、紅楼夢それ自体の主人公ではあるものの、読んでみるとかなり性格・嗜好に関しての改変が見られる。

まず性格に関しては、「紅楼夢の殺人」の中では、ほとんど欠点のない貴公子のように描かれている。しかしながら原典の紅楼夢では基本的には封建的な世界に反発はしているものの、どことなく意気地なしで女々しい部分が多い。
また嗜好に関しては、「紅楼夢の殺人」では公案小説や裁判記録などの犯罪というものに興味を持っているということがたびたび示される。原作における詩会である「海棠詩社」が「海棠謎社」になっているということからしても明らかだろう。
しかし原典の宝玉は、このような犯罪物語に興味を示さないどころか、心底嫌いな風に見受けられる。実際の事件現場になんて絶対いかないであろう。

この宝玉の性格改変は本場中国でそれなりに不評だったらしい。まあ紅楼夢という世界で殺人事件を起こすというそもそもの題材自体お叱りをうけたとかいないとか。

ただこれに関しては、探偵として宝玉を物語に介入させるだけではなく、この物語の根幹である「なぜ紅楼夢という世界で不可能犯罪が起きるのか?」という問を語る上では必要不可欠である。そのためには探偵役の一人である宝玉が公案小説という名の失われた探偵小説という形式を知らなければならないのだ。そして事件を観るには貴公子でなければならなかった。

この点に関しては、もう一つ重大な改変事項があると考える。それは善と悪の完全なる区別化である。

紅楼夢の殺人においては、善なる者と悪なる者の境界がかなりはっきりしている。しかしながら、原典においてはそこの境界が怪しい。善なるものにも悪の部分はあるし、悪なるものにも善なる部分はある。
しかし紅楼夢の殺人におけるとある動機を明確にするためには、この善と悪をはっきり二分する必要があったのだ。

各事件詳細

ではそれぞれの事件の被害者の最期と原典での最期を比較していく

秦可卿

紅楼夢の殺人では、世間的には病死として扱われているものの、実は首吊死体として発見されていた。しかも侍女の娘がその死後頭をぶつけて死亡している。しかし醜聞を恐れて秦可卿の死は病死として扱われ、侍女の死もそれを追ったものと推察された。紅楼夢の殺人ではこの二つの死は舅の賈珍との不義を告発しようとした秦可卿に死を強要し、詳細を知る侍女も殺害したという疑いが極めて高い。

これに関しては、殺人の疑いがないというところを除けば、原典とほぼ同じである。本文中では病死として扱われているものの、宝玉が夢で見た太虚幻境では、金陵十二釵全員の最期が詩で残されており、それに基づけば秦可卿は首吊り自殺である。しかも二人の侍女のうち、瑞珠は柱に頭をぶつけて自殺、もう一人の宝珠が可卿の義理の娘になりたいと言い出す。つまり不倫がばれたため、秦可卿は自殺し、侍女たちはそこから逃げ出したというわけだ。

賈迎春

紅楼夢の殺人内では、孫紹祖によって扼殺されている。

これに関しては、原典では孫紹祖は迎春を一年近く虐待し、最終的には衰弱死・あるいは虐待死させている。つまりは孫紹祖に殺されるという運命は何も変わらないのだ。

ちなみに島田荘司推理小説賞第一回・第一次選考通過作である江晓雯の红楼梦杀人事件でも殺されているらしい。幸薄きことこの上ない。

王煕鳳

紅楼夢の殺人では、邢夫人が王煕鳳に金の流用をつかまれたことを知り、進退窮まって撲殺した模様。夫である賈璉が関わった可能性も示唆される。

このあたりから原典と離れていく。まず原典における王煕鳳という人物がちょっと善人とはいえないのだ。自分に言い寄ってきた男を凍死させたり、夫の妾を自殺に追い込んだりしている。しかも家計を切り盛りしているが、内緒で高利貸しを営んだりもする。夫も姑もろくなヤツではないが、自身もそれほど善人ではない。
そんな彼女の原典での最期は心労から重い病にかかり、そのまま回復せず亡くなっているという形であるが、ドラマ版では獄に繋がれ獄中で死亡というバージョンもあるらしい。
あと割と序盤で殺されるせいで、劉婆さんとの関りがほぼないのも瑕疵といえなくもない。

そんな王煕鳳は、かなり悪部分が書かれていないはずの紅楼夢の殺人でも、結構憎まれているらしく、「紅楼夢の殺人」の動機を揺らがせかねない。

「紅楼夢の殺人」の明確な瑕疵としてこの王煕鳳を被害者としたことは一応挙げておきたい。被害者は侍女の平児とかのほうがよかったのでは?

史湘雲

「紅楼夢の殺人」では男装した史湘雲を賈環が宝玉と間違えて撃ち殺したという形になっている。

原典での最期は、死んではいないものの、夫に先立たれ若くして寡婦になっている。ドラマ版では乞食になったり、妓女になったり。しかしどれも死んではいないので、「紅楼夢の殺人」が一番悲惨だろう。誤死ということもあり。

ちなみに原典紅楼夢では一番欠点のない美少女らしく、人気は高い。事実江晓雯の红楼梦杀人事件ではヒロインらしい。

香菱

「紅楼夢の殺人」では史湘雲殺しの冤罪を着せられ、賈雨村らの拷問ののちに死亡する。

まあ、ひどい。
そもそも賈雨村が恩人の娘を見殺しにしたというのは原典通りである。その上殺人犯を有力者ということでほとんど無罪同然にしたというのも原典通り。
紅楼夢の殺人では、それに加えて早期解決に加えて、恩人に娘を見殺しにしたことを悟られないようにという理由で殺される。ひどい。

原典でも原典で、二回人を殺した薛蟠の妾となるが、本妻の夏金桂に虐待され、最後には殺されかける。夏金桂は間違えて自分を殺してしまうが、それらの心労がたたって死亡する。

鴛鴦・晴雯

紅楼夢の殺人では、鴛鴦が賈赦に襲われ、それを助けようとした晴雯も巻き添えで殺されるといった結果になった。

原典では鴛鴦は史太君の死の後に殉した。しかし、その葬儀などは親族によって汚される。
晴雯に関しては濡れ衣を着せられて屋敷を追放されたのち、病気にかかって死亡というかなり悲惨な末路。

晴雯に関しては、江晓雯の红楼梦杀人事件でも殺されている。

林黛玉

ラスト。薛宝釵に変装した林黛玉は、大人たちには宝玉と薛宝釵が結婚すると思わせながら、宝玉のもとに花嫁衣裳で赴く。しかしながら、薛宝釵を殺そうとする薛蟠に薛宝釵と間違えられる。宝玉のもとへはなんとか辿りついたものの、宝玉の腕の中で絶命する。

薛蟠許すまじ。
林黛玉はこの紅楼夢のメインヒロインであり、宝玉とも相思相愛の仲であった。しかし病弱であり、大人たちは薛宝釵と宝玉を結婚させようと企む。

このシーンに関しては原典と紅楼夢の殺人において真逆となっている。
原典では林黛玉に薛宝釵が変装し、宝玉のみが林黛玉と結婚できると思う中、変装が解かれ林黛玉と結婚できないと知ると、宝玉が茫然自失となる。そんな同じ時刻、林黛玉は自身の部屋で病死する。
「紅楼夢の殺人」ではその役割が真逆となり、宝玉と林黛玉が結婚できるかと思いきや、薛蟠という横やりが入ったことでそれもかなわない。
「宝玉の結婚の日に死ぬ」という運命から逃れられないのか?
宝玉の腕の中で死ねただけまだ紅楼夢の殺人のほうがマシといえなくもない。

ちなみに、江晓雯の红楼梦杀人事件でも殺されているらしい。


というわけで、紅楼夢の殺人における被害者たちの最期を原典と比較してみたが、紅楼夢の殺人のほうがまだ姉妹や侍女、そして宝玉に見送られている時点でまだマシといえるほど、原典のほうが悲惨である。

原典はあとの四十回が後世の作ということもあり、その部分を認めず、新たな続作を書いているいわゆる二次創作的なものが中国ではあるらしい。
思えば迎春以降は原典にて全員80回よりあとに死んでいるし、秦可卿の死は原典とほとんど変わらない。
つまり、この紅楼夢の殺人という物語を原典80回のあとの隠された物語と定義することも可能なのである。
(まあ、さすがに宝玉の性格が違いすぎるか)


次回はいよいよ探偵小説として本作『紅楼夢の殺人』を観ていく。
本作の最大の謎「なぜ紅楼夢という世界で不可能犯罪が起きるのか?」という問は、現在における「ミステリであることに甘えたミステリ」になりつつあるミステリというものに、余りにも鋭い刃を向ける。

では。 
森林木木

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