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「私の人生に勝手に謝らないで」――ナミの言葉に思う、本当の強さ

豆腐メンタル教師のよしです。

『ONE PIECE』に、私が涙なしでは聞けない言葉があります。

ナミの言葉です。

「確かにアーロン一味にはひどい目に遭わされたけど
全部繋がって私はできてるの
魚人だからって恨みはしないわ
だから
私の人生に勝手に謝らないで
捨てたもんじゃないのよ
今楽しいもん。」

この言葉を聞くたびに、胸がいっぱいになります。

これが、本当の強さなのかもしれません。

過去にどれだけつらいことがあっても、それを恨み続けるのではなく、

「全部繋がって私はできてる」

と言える。

そして最後には、

「今楽しいもん。」

と言い切る。

過去をなかったことにするのでもない。

つらかった出来事を「よかったこと」に変えてしまうのでもない。

それでも、その出来事まで含めて今の自分につながっていると受け止め、自分の人生そのものを肯定する。

きっと、簡単にたどり着ける境地ではありません。

何度も泣いて、苦しんで、悔しい思いをして、それでも自分の人生を生きてきた。

その積み重ねの先に、ようやくたどり着ける境地なのだと思います。

そして、この境地について考えたとき、私はもう一つ思うことがあります。

目の前に起きた不幸に、悪い意味でしがみつき続けている状態では、ここにはたどり着けないのではないかということです。

「あの人のせいで、私はこうなった」

「こんな環境だったから、仕方がない」

そうやって、自分が変わらない理由を人や環境だけに求め続けている間は、自分の人生の舵を自分で握ることができません。

もちろん、傷つけられた側が悪いわけではありません。

いじめられた人が悪いわけでもありません。

被害を受けた責任まで、自分で背負う必要はありません。

でも、

その後の自分の人生の舵まで、傷つけてきた相手に握らせ続ける必要もない。

私はそう思います。

起きてしまった出来事は変えられない。

相手を変えることはできない。

それでも、その出来事を抱えた自分がこれからどう生きていくのかは、自分で選ぶことができる。

ナミの言葉から感じる強さは、そこにあるような気がします。

私自身、小学生の頃、いじめられていました。

物心がつく前に父親を亡くしました。

人付き合いも苦手でした。

何度も「死ね」と言われました。

給食にチョークの粉を入れられたこともあります。

もちろん、当時のことを「良い経験だった」なんて言うつもりはありません。

それでも。

今の自分から過去を振り返ったとき、

「あの経験があったから、今の自分につながっている」

と、心から言える自分でありたいと思います。

教師になったこと。

人の言葉に傷つきやすい自分であること。

だからこそ、子どもにかける言葉について考えるようになったこと。

人との関わり方を何度も考えてきたこと。

そして今、こうして自分の経験や考えを文章にしていること。

そうした今の自分も、これまでの人生の延長線上にいます。

だから私は、ナミのこの強さに憧れます。

過去の出来事そのものを肯定する必要はない。

傷つけた人を許さなければならないわけでもない。

それでも、いつか胸を張って言える自分でありたい。

いろいろあった。

決して楽なことばかりではなかった。

でも、

私の人生は捨てたもんじゃない。

今、楽しい。

そんなふうに言える強さを、私も持ちたいと思います。

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