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免疫力の高い女になりたい。

昨夜、実家でキムチ鍋を食べながらめっちゃ泣いた。35歳女が、還暦をすぎた両親と小さな息子ふたりの前で。ニラともやしを噛みながら。しくしくと。

驚き静かに慌てる父。「私なんか言っちゃったかな?」と明るく声をかける母。駄々をこねるのをやめ、心配そうに母親を見つめる6歳長男。「母ちゃん大丈夫?」と、母親の体によじ登る3歳次男。煮えるキムチ鍋。

なかなか涙は止まらず、もはや何が理由で泣いているのか自分でもわからなくなる。キムチ鍋が辛すぎて泣いているのか?鼻をすすると、辛さが鼻腔にも到達してむせた。苦しくてまた涙が出た。くそう。いきなり泣いてしまうのも、理性と羞恥心で涙を止められなかったのも久しぶりだった。

一夜明けキーボードをたたきながら反芻すると、全10回のホームドラマの4話目くらいにありそうな光景だな、などと冷めたことを思う。

育児と仕事のはざまで奮闘するシングルマザーのライターが、「なぜ原稿の締切日にかぎって、しかもこんな時間に『上履きが小さくて痛い。明日学校で履きたくない』なんて言うの?今から買いに行くって言ってももう夜だよ……どうしよう」と葛藤する。

とってもありそう。ありきたりなできごとにこんなにも翻弄され、私のプライドは毎日きずついている。


辛いものが得意ではないのに、35歳になってキムチを食べる機会が増えた。免疫のことばかり考えるようになったからだ。もう、日々、免疫めんえき。数年前までは考えたこともなかった。

20代のころは免疫が何かもわかっていなかった。目に見えないし。「免疫力って漢字で書いて」と言われても一瞬手が止まっただろう。そんなこと気にしなくても私は元気だったし、元気がなくても気合いでなんとかした。

でも今は違う。免疫力を高めるために、日常生活に気をつかう。なぜなら、人生はままならないと知ったからだ。

無理をすれば謎の体調不良は長引き、口内炎と肌荒れには「おいおい、モグラ叩きじゃねえんだから」とつっこみまくっている。免疫力のアップダウンと、モグラの盛衰がきれいに反比例する。

それだけではない。結婚したり離婚したりと人間関係は複雑だし、育児はむずかしいし、仕事は忙しくても暇でも不安だし、お金は足りないし、体脂肪は落ちないし、それなのにご飯とお酒は無駄においしいし、周りはみんなすごいし、親は年をとる。自分の努力と運だけではどうにもできない。

人生における「ままならなさ山」にしがみつき、力いっぱい登るため、筋力をつけようとがんばってきた。が、私は35歳で息切れをした。

今後は、「ままならなさ山」から「ままならなさ岩」が転がり落ちてきたときのかわし方や、最悪ぶつかってしまったときの、受け身の取り方を洗練させていきたいものだ。この先は防御力を上げたほうが生きやすい。

免疫とは本来、健康のための体の防御システムを指すが、心も同じだろう。心の防御システムをアップデートすること、それすなわち大人のたしなみ。泣くことも免疫力向上につながると聞いたことがある。

キムチ鍋を食べて涙を流し、それを翌日思い出し、文章にして、誰かが読んでくれたらいいなと考える。私はこの営みで自らを守り癒している。自分を癒す術を知っていること。まごうことなき私の免疫力。

34歳までの「ままならなさ山」を攻略しようとしている私へ。ほんとうにお疲れさま。キムチ鍋でも食べて免疫力を上げるといいよ。そのあと、どうにかこうにか生活するのです。人生のままならなさは残念ながら日ごとに増すけれど、35歳の日々はあなたが過ごす今よりずっと楽しいんだよ。

このエッセイは、『ミドサーの不時着 -宙ぶらりんのまま、生きるなかば-』(神田なりさん著)に寄せて書き下ろしたものです。等身大で、抱きしめたくなる、なりさんのエッセイ集はこちらから 👉 nalie books

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