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第1回 「一人前まで5年かかる」と言われた1年目 ── Z80ボードを手配線していた40年前の話


経験を書くと、ちゃんと反応が返ってくる

前回、波乱万丈なキャリアの話を書いたら、思いのほか多くの反応をいただいた。やはり、自分が実際に通ってきた経験を書くと、読んでもらえる。これは嬉しい傾向ですね。

調子に乗って、これからは過去のあまりWEBなどには書かれてない、貴重な経験を少しずつ書いていきたいと思う。まずは一番古いところから。40年前、社会に出たばかりの頃の話だ。

最初の配属は、ハードウェアの開発部署だった

入社して最初に配属されたのは、ハードウェアの開発部署だった。

毎日やることは決まっていた。回路図を渡され、ひたすらはんだ付けをして、デバッグボードの試作を作る。データ分析のためのモデル開発では、試作ボードを20枚ほど作る必要があった。20枚を、手で。

こんな写真がイメージが一番近い

扱っていたのはZ80のボードだ。知っている人には懐かしく、知らない人にはピンとこないだろうが、当時の定番CPUである。

Z80

そして、このボードには「データバス」というものがある。アドレスとデータの配線を一本でも間違えると、ボードはうんともすんとも動かない。私は何度も間違えた。そのたびに先輩に怒られた。でも先輩は私の専門学校卒業生で2年上の先輩もあった。この先輩が大変優秀だったので、翌年以降も採用しようということになったんだと思う。要するにこの世界に入れた、恩人でもある。そうやって世の中というのは先輩、後輩の関係というのは大事なんだと実感もしていた。

こんな回路図。同じではないですが大体こんなイメージの回路図でした

下手でも、仕事になると人は覚える

正直に言うと、私ははんだ付けがそれほど上手ではなかった。回路図も、最初はまったく読めなかった。配線しながら消し込んでいく。

でも、不思議なものだ。人間は仕事となると真剣になる。毎日向き合っていると、読めなかった回路図が自然と読めるようになり、部品も勝手に頭に入ってくる。

コンデンサ、ダイオード、抵抗、周辺IC、CPU、クリスタル、電源回路、オペアンプ、コネクター、LED、ICソケット、コイル。これらを組み合わせて、一枚のボードを手で作り上げる。何十本もの配線を、一本ずつ手でつけていく。会社には部品棚があり、秋月電機のように綺麗にパーツが選びやすいように整備されている。つまり無料のパーツ屋さんにいるような感覚は楽しい気持ちもあった。

こんな作業を、まる1年繰り返した。新人の仕事としてはなかなか過酷だったと思う。だが、おかげで回路図はしっかり読めるようになった。

ただ──ハードは分かっても、ソフトウェアがどう動いているのかは、まるで分からなかった。1年生なんて、そんなものだ。

「一人前まで5年かかる」の本当の意味

入社したとき、専務に言われた言葉が、今も忘れられない。

「お前たちは教育に5年はかかる。一人前の仕事ができるまで、5年かかるんだぞ!」

最初は、意味が分からなかった。正直、仕事なんてすぐにできるようになるとたかをくくっていた。

でも、実際は違った。

入社して数ヶ月で、すぐに実感した。本当に5年かかる、これは……と。技術の世界は厳しい。その厳しさを、若い私は身をもって思い知ったのだった。こんな世界で先輩のような仕事がいつできるのだろうと思ったのは今でも忘れない。

今振り返って思うこと

40年経った今、AIがコードを書き、回路もシミュレーションで検証できる時代になった。手で20枚のボードを配線する仕事は、もうほとんどないだろう。

それでも、あの1年で身体に刻んだ「一本ずつ手でつくる」感覚は、今も私の土台になっている。回路図が読めること、部品が分かること、そして何より「すぐには一人前になれない」と知っていること。回路設計という仕事はそんな簡単な仕事ではないと思いました。

技術がどれだけ進歩しても、最初の苦労が人を作るという事実は、たぶん変わらない。

次回も、こんな昔話を少しずつ書いていきたい。

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