第138章|パン屋の副業時代|35年回顧録
Chapter 138 | The Days of a Baker's Side Hustle | A 35-Year Retrospective
ー回顧録箸休め/掛け算を覚えた日ー
noteのネタも少なくなってきた…😭
今日は、
パン屋のチェーン化を進める中で
やっていた「副業」について、少し
書いてみた…笑
⸻
最初の副業は、
あの崩壊したマイカルGroupの
テナント内パン屋の第一号店
でのこと。
繁盛のピーク時だった。
その時、
母の妹の叔父
(商社経営)に言われた。
「お前、
掛け算を知らんな。」
「パンを求めて、
毎日1000人近く来店してるのに、
パンしか売らんのか。」
今思えば、
この言葉が、
私の副業人生の始まりだった。
⸻
① 催事場転貸ビジネス
量販店契約のメリットを使い、
催事スペースを低額確保。
それを、
他事業者へ転貸する。
パン購入者に催事特典の
チケット配布。
当時、
パン屋月商750万円。
営業利益 200万円。
催事副収入約月50万円。
後に、
複数量販店で横展開。
ピーク時、催事
月複収入総額350万円程度。
⸻
② 当時ブーム前
明太子バターOEM
九州博多の明太子メーカー。
の売上不振先へ、
明太子+バター+マヨの
ペースト製造を委託。
全国のパン卸業者へ販売。
※明太子フランスなど
ブームに乗る。
これは、
母方叔父(商社)にも助けられ、
最も利益が出た副業だった。
ピーク時、
月複収入400万円程度。
※最初は大変だった。
最低ロット月10トンを
上回ると混合設備がなく、
北海道のハンバーグ工場まで使った。
今思えば、
よくやったと思う…。
※いまも多少の潤いは
ある。
⸻
③ ゴルフ場キャディ向け販促
各ホール売店向け。
キャディさんへ渡す、
チップ代わりの
オリジナルカレーパン2種。
余れば、
クラブハウスセットメニューへ
配送は食品メーカー委託相乗り。
製造は大阪門真のパン工場委託。
利益は薄い。
だが、
15ヶ所のゴルフ場展開。
ピーク時、
月複収入90万円程度。
※冬、
積雪で全キャンセル…
あれは泣いた。😭
⸻
パン屋の社員を社長にすると。
投資回収はできるが
手数料収入となり
利益は、薄くなる。
だから私は、
裏で副業社長をしていた。笑
商売人とは、
一つの商品を売る人間ではない。
というが全てパン関連だ。👍
来店数。
設備。
人。
パン職人も困れば
ヒントを得て
掛け算もできるように
なる…笑
ーーーー
いつも、大手の倒産などに
巻き込まれ、
世の中から叩き落とされて
正直なとこ、笑ってるどころでは
なかった。
ーーーー
人は時に、なぜ落ちるのか。
それは、自ら這い上がることを
知るために。
Alfred Pennyworth
(アルフレッド・ペニーワース)
ーーーーー
と、上手くいかない時は、
それを口ずさんで、今も
生きてます!笑
ーーーーー
このnoteは、
未経験からパン屋を始め、
35年間、生き残ってきた現場経営者の回顧録です。
