娘がドイツに旅だった日
娘の決意と留学の準備
今から3年ほど前、娘が大学3年生のときに、ドイツへ留学しました。
留学先での住まいは、大学が用意してくれるものではなく、娘が自分で応募して決めていました。
飛行機のチケットも、自分で手配していました。
現地の大学とは、ドイツ語でメールのやりとりをしていました。
県外の大学に通っていて、試験を受けて合格するまでは、「本当に行くことになるのかな」と、親としては半信半疑のまま日々が過ぎていきました。
コロナ禍は少しずつ落ち着いてきてはいたけれど、ウクライナとロシアの戦争はまだ続いていました。
遠く離れた場所へ送り出すことへの心配は、なかなか消えませんでした。
留学は半年の期間のものでしたが、娘は出発する前から「1年に延長」と、もう決めていました。
本当はもっと早く出発する予定だったのが、コロナのせいで先延ばしになりました。
大学3年生になってから試験と申し込みをして、その年の2月に旅立つことになりました。
「本当に行くの?」と心の中で揺れてばかりの親をよそに、娘はひとつひとつ、着々と準備を進めていきました。
パソコンの画面で、自分で飛行機のチケットを予約しているのを見たときは、どれだけ心配になったことか今でもよく覚えています。
出発前日、新大阪で
出発の前日、主人と二人、娘の大きすぎるスーツケースとバッグを抱えて、新幹線で新大阪まで向かいました。
本人はというと、その前日にひと足先に京都まで、友達に会いに出発していたのです。
「なんという余裕だろう」と、肝が座っていると感心するやら、正直びっくりしてしまいました。
夕方に待ち合わせをして、みんなでぶらぶらしました。
阪急でそれぞれ好きなお惣菜を買って、ホテルで3人、にぎやかに食べました。
そして関空へ
次の日は関西国際空港まで行き、少し早めのお昼をとりました。
海外のお土産品を売っているお店をのぞきながら歩いて、娘はトカゲのキーホルダーをひとつ買いました。どこかの国のお守りなのだそうです。
前日から一緒にいた友達2人も、見送りに来てくれたので、別行動をして、人が多いからと、早めに合流しました。
長い列に並んで少しずつ進んでいく娘に手を振っていると、こらえていたはずの涙が、どわーっとあふれ出てきました。
主人には「そんなに泣いたら娘が心配するよ」と言われました。
何かあってもすぐには駆けつけられない、そんな遠い場所へ送り出す不安が、ずっと胸の奥にたまっていました。それが一気にこぼれ出したのだと思います。
娘の友達にも「ごめんねー」と言いながら、涙は止まりませんでした。
列は少しずつ進み、ゲートに入っていく直前まで「体に気をつけてね」と声をかけると、手を振り、うなずいていました。
見送りに来てくれた友達にお礼を伝えてお別れしたあと、飛んでいく飛行機が見たくなって、屋上まで上がってみました。
とはいえ、どれが娘の乗った便なのかはわかりません。なので、何便かを見送り帰路につきました。
まさか、3ヶ月後に、パリ行きのチケットをとることになるとは……!

