「日本人」はどこからきたのか:図解で学ぶ!
かつて「ルーツ」という輸入ドラマがありました。今調べてみたら、日本での放映は1977年。私は中学2年生でした。
作家アレックス・ヘイリーが自分の母親の家系(ルーツ)をたどった長編小説のドラマ化で、主人公の「クンタ・キンテ」の名は、当時の子どもたちも皆知っていました。それだけ話題になったドラマでした。
歳を重ねてくると、自分の祖先がどんな人だったのか気になるもの。私も、実家の墓にある墓碑を、改めて読み返してみることが多くなりました。
今自分が生きているということは、地球に生命が誕生して以来、絶えることなく、連綿と紡がれてきたから。戦火や偶発的な事故どころか、大地震や火山の大噴火などのあらゆる災害をくぐりぬけてきたのです。そんな「貴重な生命の最新版」である自分が何者であるかを知るためには、自分たちが「どこから来たのか」を正しく知る必要があります。
今回のテーマは、私たち日本人がどこからきたのかということ。日本人のルーツですが、日本語すらも実はよくわかっていないというのが現状で、さまざまな議論が交わされております。
今回読み込ませた2冊の著者を、ご紹介いたします。共通するところもありつつ、対立するところもあり、矛盾した点をGemini Notebookが解説してくれております。
篠田謙一(しのだ・けんいち)氏の経歴
1955年生まれ。京都大学理学部を卒業後、博士(医学)の学位を取得。佐賀医科大学(現・佐賀大学医学部)の助教授などを経て、現在は国立科学博物館の館長を務められている。
専門は、分子人類学。古人骨から直接DNAを抽出して解析する最先端の古代ゲノム研究を日本でいち早く立ち上げ、数々の国家的な研究プロジェクトを主導。
主な著書に『日本人になった祖先たち』、『DNAで語る日本人起源論』、『人類の起源』など。
アカデミズムの第一線を歩み、日本における「古代DNA解析」を牽引してきた、分子人類学の正統なる泰斗。大学や国立の博物館という学術機関のトップとして、国内外のビッグラボと連携しながら、何十人、何百人もの研究者とチームを組んで膨大なゲノムデータを統計的・客観的に解析する「正統派サイエンス」の立場をとっています。
長浜浩明(ながはま・ひろあき)氏の経歴
理系最高峰の知性と、35年におよぶ建築設計の現場で培われた圧倒的な「論理的思考力」を武器に、歴史の通説に挑む在野の歴史研究家・評論家です。
1947年、群馬県生まれ。1971年東京工業大学建築学科卒業。1973年同大学院修士課程を修了(工学修士)。
日本を代表する組織設計事務所である日建設計に入社。以来、35年間にわたり、大型建築物の極めて緻密な計算と整合性が求められる「空調・衛生設備設計」に従事。退職後は、評論家、歴史研究家として執筆活動に専念。
専門分野は、建築工学・環境工学だが、考古学、人類学、DNA解析、言語学にいたるまで、多角的なデータをもとに矛盾を突く「学際的・論理的検証」を得意としている。
主な著書に『日本人ルーツの謎を解く』、『日本人の祖先は縄文人だった!』など、世間の「常識」や「タブー」のからくりを論理的に暴き出す著作を多数上梓している。
建築設計という「1ミリの誤差や1つの計算ミスも許されない過酷な理系の現場」で生きてきたからこそ、学者の書いた論文のサンプリングの不備や、数理シミュレーションの計算式の「ご都合主義」を決して見逃さない厳しさをもつ。ひとつの学問の枠にとらわれず、すべてのデータがパズルのように美しく噛み合うか否かを徹底的に検証する、極めてロジカルな立場をとっている。
二人の経歴の違いがもたらす「解釈の対立」の面白さをみていただければと思います。例えば、現代日本人に占める縄文人の割合について、
篠田氏
学術界のデータを最前線でまとめ、周辺のアジア集団との比較から「縄文人の割合は10%程度であり、大陸からの混血(交替)が本土日本人の基盤である」と控えめに結論づける。
長浜氏
建築の設備設計のような厳密さで、篠田氏ら専門家が提示したデータそのものを再計算し、「男系のY染色体も、女系のミトコンドリアも、圧倒的多数が縄文由来。日本人は一貫して縄文人の正統な末裔である」と、矛盾だらけの混血説を鮮やかに論破していく。
という違いがあります。
下の文章・解説は、長浜氏の意見を有利に書いておりますが、どちらを信じるもよし。日本人のルーツを本当に解明できるのは、まだまだ先のことだと思います。その分だけさまざまな研究が表れる。それを楽しもうではありませんか。
人類の起源古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」
(中公新書,2683)
篠田謙一(著)
日本人のルーツ最新科学と論理で解き明かす
(WACBUNKOB440)
長浜浩明(著)

昭和世代が教科書で学んだ常識は変わった
かつての学校教育では、「縄文土器と弥生土器を作った人々は連続しておらず、日本人の先祖は朝鮮半島から渡来した人々である」という説が、お雇い外国人が多数来日していた時代以来、定着していました。昭和40年代以降に学校で学んだ私も、それを信じておりました。
しかし最新のDNA解析や、実年代の測定、日本語の歴史などの多角的な科学成果により、現在の日本人が、縄文時代から独自の遺伝子と文化を連綿と受け継いできた正統な末裔であることが、従来の不正確な定説を覆して明らかにされています。

最新のDNA解析で見えてきたこと
「次世代シーケンサ」などの劇的な技術革新により、骨から直接ゲノムを解読し、過去の混血や拡散を追うことが可能になりました。しかしデータの解釈には大きな対立があります。
篠田氏は、現代日本人に占める縄文人の割合を「およそ10%」とし、大陸からの大規模な混血を支持しますが、長浜氏は、Y染色体や母系DNAの割合から、遺伝子プールは一貫して縄文人が主体であると、真っ向から対立する結論を導いています。

Y染色体「ハプログループD」
「ハプログループD」とは、父親から息子へと直接受け継がれるY染色体のDNA系統の1つです。世界でも極めて稀な古い古代系統であり、現代の東アジア大陸部では、ほぼ消滅しています。
しかし不思議なことに、日本人の男性と、はるか数千キロ離れたチベットの男性、そしてインド洋のアンダマン諸島の先住民にだけ、この遺伝系統が突出して高い割合で残されています。
インド洋のアンダマン諸島の先住民で有名なのは、外界と全く絶縁状態で暮らしている北センチネル島のセンチネル族などがいます。彼らのDNAをもし鑑定できるなら、日本人とのつながりも見えてくると思うのですが⋯⋯。
いずれにせよ「ハプログループD」は、日本人が縄文人の血脈を引く決定的な科学的証拠の一つなのです。

ミトコンドリアDNAは縄文以来の母たちの足跡
母親から子供へと直接受け継がれるミトコンドリアDNA(mtDNA)は、「女性(女系)のルーツ」を、一本道で遡る手がかりを与えてくれます。
分析データによると、現代日本人女性の72〜95%(ほぼ中央値86.3%)は、アイヌや各地の古人骨から検出された縄文人女性と、全く同じ大系統に属していることが判明しています。この事実は、日本の女系が、縄文時代から強固に維持されてきた真実を伝えているのです。

縄文人は高度な文明人だった
昭和世代は「世界四大文明」は、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河とならいました。しかし、青森県にある三内丸山遺跡は、それより前の時代で、世界最古の文明だったのではないかという説もあります。
三内丸山遺跡は、約1500年間も続いた千人規模の壮大な「計画都市」でした。かつての「縄文時代は農業を知らない暗黒期」という偏見を覆し、彼らはクリ、大麦、豆類を計画的に管理栽培し、カキの養殖や酒造りまで行う高い生活水準を誇っていました。
さらに、新潟県糸魚川産のヒスイを運ぶなど超広域の海洋交易網を持ち、美しい漆器を育むなど、彼らは世界を先導する極めて高度な文明人だったのです。

お米は、南方の海を越えてきた
「日本の水田稲作は、朝鮮半島を経由して渡来人が伝えた」という定説は、科学的に誤りです。岡山県の朝寝鼻貝塚からは、約6000年前の「熱帯ジャポニカ」イネのプラントオパールが検出されており、朝鮮半島の稲作開始より3000年も早いことが判明しています。
現在のタイ、マレーシア、スマトラ、ジャワのあたりにあったスンダランドから、島伝いに「海の道」を通って、コメが日本へともたらされ、縄文人の主体的な手によって稲作文化が花開いたとされます。

縄文の海洋民族は卓越した航海者
縄文人たちは原始的な狩猟民などではなく、精巧で強靱な「丸木船」を操る卓越した海洋民族でした。
約8000年前には、本土から目視できないほど遠方にあり、激しい黒潮が流れる神津島や八丈島にまで往還航行し、貴重な黒曜石を流通させていました。
この航行のためには、星や太陽の運行を測る「天文観測」の知識が不可欠であり、新潟のヒスイを全国へ届けるなど、彼らは驚くべき航海術と海洋ネットワークを構築していたのです。

鬼界カルデラの大爆発
約7300年前、鹿児島県南方沖の鬼界カルデラで発生した破局的な大噴火は、当時の縄文人の生活を一変させました。
放出された大量の火山灰は九州地方の大部分を厚く覆い、独自の豊かな南九州の定住文化は壊滅、人々は深刻な生業の麻痺に直面します。
これにより、生活のすべを失った縄文人の一部は、対馬を経由し、当時「無人の新天地」であった朝鮮半島へと渡る劇的な大移動を決行したのです。

朝鮮人はかつての縄文人?
大韓民国の公式歴史見解でも、紀元前1万年から前5000年までの5000年間、朝鮮半島は人が住まない完全な「無人地帯」だったとしています。
鬼界カルデラの惨禍から逃れ、半島へ進出した九州の縄文人こそが、その後の3000年以上にわたる半島の主人公であり、各地に縄文土器や生活の痕跡を残しました。
現代の韓国・朝鮮人に縄文系DNAが確認されるのも、彼らの血脈が半島南部に住み着いた縄文人に由来するためです。

渡来人100万人説は誤ったシミュレーション?
縄文人が大量に来日した弥生人に飲み込まれたという論の根拠が、「渡来人100万人説」です。この説は東京大学名誉教授で、国際日本文化研究センター教授なども務めた埴原和郎氏が提唱しました。しかし今では、客観的実証を欠く「机上の空論」だったことがわかってきています。
その論拠となった小山修三氏の縄文人口推計自体が、極めて単純化された古い仮定に過ぎず、埴原氏の計算モデルは、都合よく設定された人口増加率(0.2%)や時代間隔をわずかに調整するだけで、渡来人がゼロでも人口急増を説明できるなど客観性がなく、数値操作による過度な仮説であったと論証されています。

日本語は全く独立した言語
系統言語学の観点から、日本語は中国語や朝鮮語といった東アジアのいかなる言語とも文法・語彙の系統が完全に異なる「孤立した独立言語」です。
言語年代学によれば、日本語の基礎である「縄文語」は、今から5000年以上前から日本列島内で独自に醸成されていました。
もし大規模な支配的言語の交替があったなら、近縁言語が半島に残るはず。でもそうなってはいません。言語的にみても、渡来人がむしろ縄文社会に同化されたのです。

今の日本人は縄文人の正統な末裔
最新の遺伝子解析(Y染色体)や、骨格変化の原因究明により、現代日本人のルーツが縄文人にあることが極めて濃厚になっています。
周辺諸国では、ほぼ駆逐されたハプログループDが、日本人男性の大部分の深層に脈々と受け継がれており、女性の母系DNAの8割以上も、縄文系に由来します。
弥生期に急増した渡来系とされる面長な顔立ちも、稲作開始による咀嚼負荷の減少といった後天的な適応変化と考えられます。

自分のルーツをたまには考えてみませんか
科学が証明するルーツの旅は、国境を越えた人類全体の深い共通性と、それぞれの選択によって花開いた独自の多様性を教えてくれます。
自己の歴史を辿り、そこに刻まれた先祖の歩みや連続性を理解することは、私たちが直面する未来のあり方を冷静に見つめ、共に生きていくための豊かな羅針盤となります。
若い方も、たまには自分のルーツに想いを馳せてみませんか?

人類の起源古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」
(中公新書,2683)
篠田謙一(著)
日本人のルーツ最新科学と論理で解き明かす
(WACBUNKOB440)
長浜浩明(著)
