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あの日の渋谷ジアンジアン

1998年か1999年の夏の日。

会社を休んで、昼前から列に並んでいたけれども、夕方になって開場した渋谷ジアンジアンで、椅子席に座ることはできず、私と友達は、ステージの目の前の床に体育座りでライブを見ることになった。
床はぬいぐるみみたいな毛足の長い絨毯で、切れ目なく高さ30センチくらいのステージに繋がっていて、靴のつま先がそのステージの立ち上がりの壁に当たっていたことを覚えている。

その時着ていたのはチャコールグレーのアニエスベーのTシャツと、くるぶしまでの長さの黒のバルーンスカートで、まあ、私としては悩んだ末の「これが最適」の服装だったわけです。
体育座りになったから、長いスカート履いてきて良かったと思っていた。

今思うと、100人かそこらでギュウギュウになってしまうあの渋谷ジアンジアンで、美輪明宏のライブを1度ならず聴けたのは本当に幸運だったと思う。

1メートルくらい前、手を伸ばしたら届きそうな位置にマイクスタンド。
首を捻じ曲げて、左上を見上げながら聴く、美輪様のシャンソン。
時々、左手に嵌めた四角いダイヤの指輪が照明に反射して、ギラリと目を射る。
声楽を学んだ人ならではのコントロールされた美しい歌声と身振り。

曲の合間のおしゃべりの際に、
「若い女性が、黒なんて着ていちゃダメよ。運が逃げますよ。華やかな美しい色を纏いなさい」
という話をされて、ああ・・・これは私に向けておっしゃっているな・・・と、反省しつつも嬉しかった。
(数日後にピンクのサマーセーターを買いました)

ライブのアンコールはいつも「老女優は去り行く」で、若い田舎娘が大女優になり、一転落ちぶれてまたカムバックし・・・の生涯を、10分ほどで歌い上げるのだけれど、黒一色のジアンジアンの小さなステージに、田舎から出てきたばかりの若い娘が、毛皮をまとった大女優が、ヨーロッパの劇場がはっきりと見える。
特に「取り巻きの人々 甘い生活」の歌詞のところではショールを肩に巻き付けてポーズを取られるのですが、それが本当に美しい。
最後、「出て行くまで明かりは消さないでね」のところでステージの照明がパアッと明るくなり、「ありがとう・・・ありがとう・・・」と掠れ声で囁きながら、引退する老女優のお芝居のまま、よろよろとステージを去っていく。

あんな贅沢な幻は無かった。

ライブの帰り、ジアンジアンの地下駐車場へ降りるスロープに、ワインレッドと黒のツートンカラーのシトロエン2CVが停められていて、後部座席には豪華な花束が積まれていた。
車まで完璧に美輪様なのだなと思った。

・・・

昨日、訃報を聞いて、当時一緒にライブに行ってくれた友人にLINEをして、
「私たち、ぎりぎりライブに間に合う世代でラッキーだったね」
という話をした。

最後に公開された直筆のメッセージ、

「こんな世の中を
生き抜く武器は
愛の言葉しかありません
この世のすべての問題を
解く鍵は愛です
愛があれば
戦争なんか起こりません」

を読んで、このところの卑近なことにやたら苛立っていた自分を反省する。
背筋が伸びた気がする。

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