聖都巡礼記 vol.10
テルアヴィヴの海岸を眺めていると、ホワイトアウトしそうな感覚と共に魂が抜け出しそうになる。初めての地中海は、あまりにも眩しすぎた。

井上さんとメールアドレスを交換した後、ナザレからバスで中継したハイファで電車に乗り換えた。途中少しだけバハイ信教の寺院が見えたが、訪問する時間はない。イスラエルは一神教の総本山みたいな土地だが、意外にも、というかだからこそ、エキュメニカルな、万教統一を志向する教団が存在する。それが「バハイ信教」だ。1884年に教祖バハオラによって現在のイラン(ペルシャ)で創始されたこの宗教は、全ての宗教、教派が掲げる神は、実は唯一神をさまざまに解釈した姿にすぎないと説く。
海面に泡立つ光のあわいと、ビーチで戯れる人々の姿を見つめながら、僕はラーマクリシュナ師のことを思い浮かべていた。聖ラーマクリシュナは、「全ての教えは一つの顕れ」と説いた。そして自身もイスラームとキリスト教の修行に没頭し、最高の境地に至ったとされる。間違いなく近代最大の聖者だ。

実は、一神教でもこのような人物や運動は珍しくない。古くは3世紀に始まるマニと「マニ教」、922年に「我は神(真理)なり」と叫んで処刑された、マンスール・アル・ハッラージュが有名だ。そもそもイエスにしてみても、「我は神の子なり」と明言したではないか。
バハオラは言う。「万物の根源であり遍く存在する神はあまりにも偉大なため、その全てを人間理性ごときではとらえきれない。そのため言葉による教えには限界があり、真理の顕現としての聖者を通して、神は自己を顕示する」と。これはブラフマニズムそのもの、神人としての「アヴァターラ」そのものだ。モーセもイエスもムハンマドも、神の本質を最も純粋に表現した「顕現者」であるという思想。そして、ありとあらゆる「被造物」は、神の多様な顕れであるとの直観。哲学者はこの思想を「汎神論」の一言で片付けるが、それで何かを言い当てたつもりなのだろうか?『出エジプト記』において「我は在りて在るもの」と宣言したのは、他ならぬ神自身ではなかったか?スピノザが命懸けで表明した如く、「物質が神でない理由はない」ではないか。
我々は神そのもの、「存在それ自体」を言葉で把握し、掴みきろうとして失敗する。「聖典にはこう書いてあるから」、「それはこういう意味だから」。そういった「実在」と「その解釈」のズレが、社会の断層となって諍いを引き起こすのだ。所詮は「蝸牛角上の争い」でしかない。聖ラーマクリシュナが諭すように、全ての違いは「大海に注ぐ川」でしかないのだから。「 Water」も「Agua」も「パーニー」も、全ては同じ「水」ではないか。

ユダヤ教神秘主義「カバラー」の曼荼羅
旅立つ数日前のある夜、僕は夢を見た。七色に輝く「生命の樹」を。目が覚めて「呼ばれている」と確信し、いても立ってもいられずエルサレムを訪れたのだ。我々は今一度、言葉より前、「存在そのもの」へと還らなければならない。王国(マルクト)から王冠(ケテル)へ、個別性から「神そのもの」へと戻らなければならない。人は神について語りすぎた。今必要なのは、神の声に耳を傾けることだ。神と共にただ「在る」ことだ。そのためには、仏陀の如く「黙雷」するほかない。
景色とは裏腹に静寂が包む浜辺の前で、僕はしばらく沈黙した。

最初に訪れたゲストハウスは満室だった。しかしスタッフが親切で、繋がりのある別のゲストハウスに問い合わせてくれた。「イッタイ」と名乗る、栗色のカーリー・ヘアを伸ばした白人青年のリーダーが的確に指示を出し、ゲルマン系のスタッフがiPhoneで電話を繋ぐ。英語が苦手なことを伝えると、代わりに部屋の予約まで入れてくれた。
「Don’t guys want to be with their girlfriends every day?(男の子って彼女と毎日一緒に居たいもんなの?)」
同じ部屋にいる女の子たちがガールズトークに興じている。道筋を書き込んでもらおうと『地球の歩き方』の地図を開いてデスクの女性に差し出すと、
「I don’t understand Chinese.」
と一瞥もせずに突き返された。耳元のピアスが銀色に光る。顔立ちがレディー・ガガにそっくりだ。地図には英語も表記されてある。とはいえここまでやってもらって感謝しかない。簡単なメモを受け取り、方角とゲストハウスの名前を聞いて、僕は建物を出た。1階に降りる途中でリビングフロアのような部屋を横切ったが、20人ぐらいのヨーロッパ系男女の学生たちが、入り乱れて騒いでいた。
イスラエルでは徴兵制の下、若者の30%が20代前半で分隊長を経験する。部下30人の命を預かるリーダーだ。そのため退役後に企業の組織体制に馴染めずに起業するケースが多い。数年間生死を賭けた後に平社員で使われるのは、耐えられないだろう。イスラエルがスタートアップ大国として名を馳せる所以だが、逆にいえば、大企業が育ちにくい土壌でもある。人口1000万人の国家経済の基盤を底上げすべく、「Start up to Scale up」の実現が目下の国家的課題だ。もっとも、現在の戦乱下では、それどころではないだろうが。


紹介してもらったゲストハウスに辿り着くと、出迎えてくれた白人女性が僕を見るなり目を見開いた。
「I was "invited" by another guesthouse.」
「紹介してもらった(Recommended)」と言おうとして、「招待された(Invited)」と言い間違えてしまった。それでも意図は通じたようだ。彼女は「アハハハハハハーッ!!」と大袈裟に笑い声を上げて、奥のドミトリーへと案内してくれた。いかにも欧米人向けのインテリアで、白い壁面にはパステルカラーの切り絵や、竹を編んで作ったランプシェードがぶら下がっている。部屋に入ると、白人の青年男女が熱心に議論していた。眼鏡をかけた男の子が一心不乱にPCのキーボードを叩きながら早口で捲し立てている。2段ベッドの下段に寝転がったブロンドの女の子と目が合う。
「Hello.」
と挨拶すると、彼女も笑って応えてくれた。

テルアヴィヴは、イスラエルの政治経済の中枢だ。エルサレムが京都なら、東京に比肩する大都市。イスラエル政府は首都をエルサレムとしているが、国際社会の理解を得られない。無理に主張すれば、再び中東戦争の戦火が辺り一帯を焼き尽くすだろう。そのため建前とは裏腹にテルアヴィヴが実質的な首都機能を果たし、各国大使館も集中している。2018年に行われたアメリカ大使館のエルサレム移転は、中東全体のバランスを崩しかねないギリギリの行為だった。中東問題という「世界問題」は現在進行中で、予断を許さない危機的状況なのだ。
テルアヴィヴの街を歩くと目につくのが、中国や東南アジア系の移民労働者だ。元々アジア系移民が多かったが、2023年に始まった対ガザ戦争以降、追い出されたり退去したパレスチナ人の後を埋めるように急増し、現在では移民全体の約9割をアジア人が占める。インド、フィリピン、タイ、中国からの流入が多く、全体で22万人に達する(2015年当時で約14万人)。そのため、マジョリティであるヨーロッパ系白人の彼らを見る眼差しには、一瞬際どいものを感じずにはいられなかった。
ゲストハウスからほど近い海岸への散歩から戻って部屋に向かう途中、背の高いアラブ系の風貌をしたスタッフとすれ違った。僕が挨拶代わりに微笑むと、彼は眉をひそめて顔を背けた。

