🇷🇴România mea (11) Cluj-Napoca(クルージュ・ナポカ)へ〜 Cheile Aiuduluiの寄り道 〜
5月11日
いよいよ帰国する日がきました。
まだ帰りたくないなあと思いつつ、
荷物をつめて、朝を迎えると、
Dr.Raduが
「見せてあげたい所があるから、早く出発するよ」と言いました。
名残惜しい気持ちがありつつ、
何を見せてくれるのかしたと期待に胸を膨らませます。
アイドウ峡谷
私がみた景色・・・
ここはCheile Aiudului
と呼ばれている所です。





別名「Cheile Vălișoarei」とも呼ばれる
石灰岩の峡谷で、
白い岩山、草原、切り立った崖、
羊の道のような風景が続く、
とても神秘的な場所です。
巨大な石灰岩の塊。
昔から、人々は、身近にある石を切り出して、
教会、城壁、家を造ってきたのだと思います。
トランシルヴァニアの古い町は
* 白い漆喰壁
* 淡いクリーム色の教会
* 石造りの要塞
* 明るい石畳
に、石灰岩文化の影響が色濃く残っています。
アルバ・ユリアのように・・・・
調べてみると
石灰は、単に建材というだけでなく、
* 光を柔らかく反射する
* 夏は涼しい
* 湿気を調整する
* 防腐・抗菌性がある
という特徴があるので、
教会建築にもとても向いていたようです。
「光が美しい」と何度も感じていたのも、
この白い石の文化と関係している気がしました。
白い岩山・・・
遅春の穏やかな光・・・
静かな草原・・・・
ふっとみると
あ、蝶々。
弟が
「おねえちゃん、よかったね。
いい旅だったね」
と私に会いにきてくれたのだと思いました。
今回の旅は
弟を亡くした後、心にぽっかり空いた穴を
埋める旅でもありました。
音楽や祈り、そして出会いを通して。
もう一度「世界の美しさ」に触れる旅でもありました。
「うん、ありがとう。
ここにこれてよかった。ほんとによかったよ。
また新しい歩みを始めるからね」
そう言いながら、空と見上げました。
そして車は一路クルージュ・ナポカへと走ります。
ドライバーDr.Raduの腕の見せ所です。
クルージュ・ナポカ Cluj-Napoca
(ドイツ語:Klausenburg“クラウゼンブルク”)


(聖ミカエル教会)

共産主義時代にも信仰と人間の尊厳を守り続けた司教、
マールトン・アーロンの銅像が立っていました。



(聖ミカエル教会)


クルージュ・ナポカは、
ハンガリー語ではコロジュヴァール、
ドイツ語ではクラウゼンブルクと呼ばれてきました。
さまざまな民族と文化が交差してきた
トランシルヴァニアを象徴する町です。
ルーマニア第2の都市ともいわれる
トランシルヴァニア地方の中心都市です。
人口は約30万人。
歴史ある町でありながら、
多くの大学が集まる学生の町としても知られています。
中世の面影を残す旧市街には、
美しい教会や広場があり、
石畳の道を歩いていると、
長い歴史の中にいるような気持ちになります。
一方で、
カフェやレストラン、
文化施設も充実しており、
若者たちの活気にあふれています。
古いものと新しいものが
自然に共存しているのが、
この町の魅力なのかもしれません。
セベシュやオラシュティエの
静かな時間を過ごしたあとに訪れた
クルージュ・ナポカは、
同じトランシルヴァニアの町でありながら、
まったく違う表情を見せてくれました。
ルーマニアの「今」を感じることのできる町。
それがクルージュ・ナポカでした。
ここでもいくつかのストーリーがありましたが、
それは次回のお楽しみに残します。

今回の寄り道・・・
高速道路だったら1時間半の距離でした。
DR.Raduの粋な贈り物でした。
