🇷🇴 România me(3)セベシュを語る人 Dr. Radu 歴史家、博物館学芸員、セベシュの記憶を未来へ渡す人・・そして…
初めてのルーマニアの旅、
萩原千代ちゃんに何もかもお任せして
どこでなにをするかも、ほとんど把握していませんでした。
そんなわたしを優しく迎えてくれた
Dr.Radu Toroianu
千代ちゃんからは歴史学者と紹介されました。
クレージュ・ナポカ空港の出口で
千代ちゃんとわたしを見つけた時に、ふっと笑顔になった表情を見て、わたしはとても安心して、初めまして、というよりは「ただいま」といいそうになりました。
今回の旅で一番お世話になったDr.Radu Toroianu
彼はほんとに不思議な人でいろいろな面を持っています。
⚫︎セベシュ博物館
Dr.Raduの職場セベシユ博物館に案内してもらいました。
外から見ると落ち着いた雰囲気ですが、一歩中に入ると、この町の長い歴史の中に吸い込まれていくような気がしました。

両脇に古い建築の石材が並んでいます。
長い歳月を経てきた石たちが、
静かにわたしを迎えてくれます。

近代にまで多岐にわたります。

わたしが特に興味を持ったのは
小さな土偶でした。

多くの遺跡が発見されたそうです。
その中から出土した土偶を、Dr.Raduが自らお手に取って撮影した写真です。
この写真どこか日本の埴輪を思わせます。
もちろん両者に直接の関係があるはずはありません。
遠く離れたルーマニアと日本。
けれども土偶を見ていると、はるか昔、人類は同じ大地の上で生きていたのだということを思わずにはいられませんでした
人は何千年も前から土に願いを込め、人の姿を形にしてきたのでしょう。
神がご自身の似姿として人を創られたように、人は無意識のうちに人の姿を造ろうとするのかもしれないと、ふと思いました。










館内には中世の陶器、銀器、生活用品も数多く展示されています。
古い印刷機や大きな前輪を持つ自転車は、近代化へ向かうセベシュの歩みを物語っています。
またイコンや宗教美術品からは、この土地が東西の文化の交差点であったことが感じられます。








レプリカではありません。
本物ですよ!



何度も訪れました。

これがセベシュの紋章です。
日本ならガラスケースに
入っていそうなものが、
入口の脇にさりげなく
置かれていていました。
ルーマニアはヨーロッパの東と西、北と南を結ぶ十字路に位置していて、古代から多くの民族が行き交い、文化が重なり合ってきました。
つまりルーマニアは、
「ヨーロッパの玄関口」
でもあり、
「アジアからヨーロッパへ向かう通り道」
でもあるのです。
だから、
* 古代ダキア人
* ローマ人
* ゴート族
* フン族
* アヴァール族
* マジャール人(ハンガリー人)
* モンゴル軍
* オスマン帝国
* ハプスブルク帝国
その歴史の積み重ねの中で、セベシュという町が形造られていったのです。
展示を見ながら、わたしは、カール・フィルチュの時代だけでなく、その何千年も前から続く人々の営みに思いを馳せました。
一つの町を知ることは、地図上の場所を知るだけにとどまりません。
そこに行きた人々の時間を知ることなのだと思います。
そして、その時間を未来へ伝えることが、Dr.Daduの大きな尊いお仕事なのだと思いました。
⚫︎古絵葉書でたどるセベシュの歴史』概要
Dr.Raduにプレゼントしていただいた本、帰宅してゆっくりページをめくりました。
A Iワトソン君の力を借りて、読んでみました。

このアルバムは、19世紀末から20世紀前半にかけてのセベシュ(ドイツ名ミュールバッハ)の姿を収めた200枚以上の絵葉書コレクションを紹介するものである。
収録された絵葉書は、個人収集家エイドリアン・ポパ氏のコレクションによるもので、最も古いものは1897年にセベシュからオーストリアのグラーツへ送られたものである。
そこには現在では失われた街並みや建物も多く写されており、特に共産主義時代末期に取り壊された地区の姿を知る貴重な記録となっている。
・セベシュの起源
セベシュはトランシルヴァニアでも最も古いザクセン人(ドイツ系移民)の町の一つである。
12世紀にハンガリー王の招きで移住してきたドイツ人入植者によって築かれ、1245年に初めて文献に登場する。
その後急速に発展し、1341年には正式な都市の地位を獲得した。
・福音教会と要塞都市
13世紀初頭にはロマネスク様式の教会が建設された。
14世紀になると町の繁栄を背景に、トランシルヴァニア初ともいわれる大規模なゴシック様式の聖歌隊席(コーラス部分)が建設された。
しかし政治的・軍事的混乱によって計画は中断され、教会全体をゴシック化する構想は実現しなかった。
現在の福音教会は、
* 古いロマネスク教会
* 後に建てられたゴシック部分
が結び合わさった独特の姿となっている。
・オスマン帝国との戦い
14〜15世紀には町を囲む城壁や防御施設が築かれた。
しかし1438年、オスマン帝国(トルコ軍)の侵攻によって町は占領・略奪される。
その後も1661年に再び攻撃を受け、町は大都市へ発展する機会を失い、地方都市として歩むことになる。
・町の特徴
セベシュはドイツ系移民の都市計画に基づいて造られた。
* 中央広場
* 東西に延びる大通り
* それを結ぶ小路
という整然とした構造を持つ。
・近代化と発展
19世紀以降、町は近代化を進める。
1905〜1906年には発電所が建設され、20世紀初頭には新たな繁栄期を迎えた。
特にヨハン・シェップ市長時代(1907〜1918年)には、
* 市庁舎
* 郵便局
* 公衆浴場
* 病院
* 軍施設
などが整備され、近代都市へと成長していった。
セベシュは、ドイツ系移民によって築かれた中世都市であり、福音教会を中心に発展した町でなのですね。
トルコ軍の侵攻や時代の変化を乗り越えながら、今もなお中世の面影を色濃く残しています。
古い絵葉書は、その町が最も輝いていた時代の記憶を私たちに語りかけてくれます。
この本を読むと、カール・フィルチュが見ていた街並みや、ヨゼフ牧師が歩いた広場が少しずつ立ち上がってくる気がします。
「ミュールバッハ」という名前に心を惹かれた理由がここにあるような気がしました。
町全体が、生きた歴史博物館なのです。
そして、その歴史を記録し、未来へ手渡そうとしている人がDr. Raduなのだと思いました。
そして、今も歴史はつくられています。
