🇷🇴 România mea(7)Orăștie 町の記憶をたどって
Orăștie——オラシュテイエ
現在のルーマニア語の町の名です。
けれど、ヨゼフ・フィルチュが生きた時代、
この町は Broos ーブロース
と呼ばれていました。
同じ場所なのに、
名前が違う…
そのことだけでも、
この土地がいくつもの民族と
言葉の重なりの中にあったことがわかります。
私は今、その“Broos”を歩いています。
オラシュテイエ博物館

王侯貴族でなく
普通の人々がどう生きていたかを残しています

トランシルヴァニアでは、教会は単なる礼拝堂ではなく、
“共同体を守る城”でもありました。
だから厚い壁と塔があります。
祈りと防衛が一体化しているのです。


装飾品で
どれだけ資産があるかわかります

民族衣装


民族衣装



赤い織物の紋様には
魔除け、豊穣、共同体の記憶が
織り込まれていると言われています。
織物ー
布を織るという行為は
単に衣服を作る
ということだけでなく、
「時間を織る」
「家族を織る」
「土地の記憶を織る」
ということでもあるのではないでしょうか。
中島みゆきさんの「糸」を思い出します。

山の寒さ、強風、から身を守るための
生き延びる知恵があります
ルーマニアの羊飼いたちは
カルパチア山脈を超えて
移動しながら、
文化・言葉・音楽を
運んでいた人々でもありました。
だから、
ルーマニアでは
「羊飼い」は単なる職業以上の
意味を持っています。
Dr.Raduが「羊飼いの研究」
をしている理由が
分かった気がしてきます。
この博物館の展示から
「羊飼い」がルーマニアの
文化の中心にいる
理由が見えてきました。
福音教会
トランシルヴァニアでは、
教会は単なる礼拝堂ではなく、
「共同体を守るお城」
でもありました。

灰色のそらが16世紀の空気を感じさせます。



ここはルター派の福音教会です

綺麗です

説明文にはこう書いてありました。
12世紀の円形礼拝堂。
ローマ時代の石材の再利用。
ザクセン人の入植。
軍事的役割を持った教会。
つまり
トランシルヴァニアは、
ただ「ルーマニア」の歴史だけではなく、
ローマ帝国、
ハンガリー、
ザクセン(ドイツ系)、
東方教会、
宗教改革、
それらが何層にも
積み重なった土地なのですね。

この発明によって聖書のみことば派
母国語へと翻訳され普及されていきました


雨のオラシュティエを歩いていると、
宗教改革というものが、
決して“遠い歴史”ではなかったことに気づかされます。
人々が自分の言葉で神を読む、
という静かな革命だったのだと・・・
羊飼いたちの暮らし。
織物。
木の道具。
石の教会。
そのすべての中に、
「土地に生きる信仰」が息づいていました。
楽しいティータイム


ジンジャーティーにしました
温まりました

ミカエルさんとご子息
と一緒にお茶できました
そういう壮大な歴史のあとに、
結局人間は、
温かいお茶を飲み、
笑い合い、
写真を撮ること。
というひとときに戻っていくのです。
なんだか、
宗教改革も、
翻訳も、
音楽も、
全部「人と人がつながるため」に
あったのだと感じました。
晴れ女の私は
滅多に雨に降られることはありませんが
今宵ばかりで
雨が降ったおかげで
ほんとに美しい風景を見ることができました。


ミハイ・エミネスクの像。



音が出ます



雨上がりの夜
石畳に光がうつり
写真て撮るより
何倍も美しい。
雨が降らなければ
見ることがなかった情景です。
静かな信仰、
鐘楼の響き、
霧、
雨上がりの石畳、
民族の記憶、
幾重もの歴史、
そういうものを、
幼い頃から耳と身体に
染み込ませて育ったからなのかもしれません。
フィルチュ兄弟の音楽は、
ここから生まれたのですね。
音楽って、
結局は人間の暮らしから
生まれるだと
しみじみ思いました。
夜の広場の光景を見ていると、
19世紀の少年ヨゼフが、
この街のどこかを歩いていても、
不思議ではない気がしました。
