見出し画像

部長の評価は「熱い男」|だが、目の前の彼は「抜け殻」だった


【前編】仕事はできるのに、なぜか噛み合わない部下の話

「メモくらい、きちんと持って来ようよ……」

会議室を出た直後、私は思わずそう口にしていた。同行した佐藤は、「すみません、次は気をつけます」とだけ、感情の読み取れない声で返した。

私は半年前、中途採用で人事部の課長としてこの会社にやってきた。外からの視点と専門性を期待されての登用だ。

一方の佐藤は、この部署で「エース候補」と目されていた男だった。新卒から彼を見守っている部長は、「彼は熱い男だよ。今のうちにしっかり組んでやってくれ」と目を細めていた。

だが、私の知る佐藤は、それとは程遠い。

仕事はたしかに「こなして」いる。期限は守るし、ミスも少ない。

しかし、以前は頻繁に出していたという改善提案や、自発的な発言はぱったりと消えた。周囲とのコミュニケーションもどこかギクシャクしており、必要最低限の会話以外は、透明な壁を作って避けているように見える。

先日も、急ぎで頼んでいた資料について声をかけた。
「佐藤君、例の書類は進んでる?」
「それなら、まとめて課長のデスクに置いてます」
彼は私の目を見ることなく、パソコンの画面に向けたまま淡々と答えた。

決して失礼な態度ではない。だが、その「突き放すような態度」が、今の私には何よりも癪にさわるのだ。

それはまるで、まるで、「指示されたことはやりました。それ以上、私に何を期待しているのですか?」と、言葉にしないまま突きつけられているようだった。

明確な嫌がらせをされているわけではない。だが、彼がいるとチームの空気が重くなり、歯車が噛み合わない。

「彼とは一緒に、仕事できないかも…」

これは真剣に、部長と相談すべきだろうか?

【後編】あの人は、どこか危険だ

部長の待つ会議室へと向かう廊下。足取りが、やけに重い。

どう考えても、いい話ではないだろう。最近の自分の状態を思えば、それは分かりきっていた。

私は今の仕事に、どこかで限界を感じていた。人事という管理部門は、「ミスをしないこと」が最優先される。

確かに会社にとっては重要な役割だ。だが、それだけが評価される環境の中で、少しずつ息が詰まっていく感覚があった。

この部署は、いい人が多い。部長にも目をかけてもらっている。感謝もしている。

だからこそ、ここで踏ん張るべきなのか、それとも自分のキャリアを変えるべきなのか――その迷いが、ずっと頭の片隅にあった。

だが、それはあくまで二番目の問題。一番の違和感は、あの「課長」だ

彼は人当たりも良く、感情的になることもない。上からの評価も高く、メンバーからもおおむね良い話しか聞かない。

ある意味、理想的な管理職に見える。だが、自分の中の何かが警告を発している。

「…あの人は、危険だ」

その理由を、うまく言葉にはできない。ただ、あの人と話していると、自分の中の「何か」がざわついた。

否定されるわけでも、叱責されるわけでもない。それなのに、なぜか底知れぬ恐怖を感じる。

気づけば、自分は積極的な提案をしなくなっていた。そんな二つの迷いが、知らないうちに自分のやる気を奪っていたのだと思う。

「……何を言われるかは、だいたい分かっているけどね」
小さく呟き、私は会議室のドアに手をかけた。

【完結編】あの恐怖心の正体

「佐藤先輩、あれからもう1年ですね…」

久しぶりに会った後輩の笹田と、仕事帰りに飲んでいた。彼は少し言いにくそうに口を開く。

「経理に異動して、2ヶ月で辞めたって聞いて、正直びっくりしました」

ここから先は

4,566字
この記事のみ ¥ 100
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

このメンバーシップでは、過去に公開した心理分析ストーリーをすべて読むことができます。また、ストーリー…

スタンダードプラン

¥500 / 月
1ヶ月無料

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?