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「私は絶対、母みたいにならない」そう思っていた私が、今になって母をかっこいいと思う理由

私は子育てをする前
「絶対に、母みたいな生き方はしたくない」
と思っていました。

私の母は、専業主婦でした。

家事をきちんとこなして、
子どもたちのことを大切にして、
そして祖母の介護もしていました。

祖母の介護は、
10年以上続いていました。

介護があるから、
友達と遊びに行っても
半日以内には帰ってくる。

旅行に行くときも、
祖母を入院させる段取りをしてから。

ご飯の時間も決まっている。

排便のあとのおむつ替えなど、
やらなければいけないことも
たくさんありました。

しかも、
父は介護をほとんど手伝いませんでした。

私は、そんな母の姿をずっと見ていました。

そして子どもの頃の私は、

「自分のことを後回しにしているな。」

「私は絶対、こんな生き方はしたくない。」

そう思っていたんです。

家族のために、
自分の時間を全部使う。

自分が我慢して、家族を優先する。

そんな生き方には、
なりたくないと思っていました。

だから私は、
「自分の人生も大切にしたい。」
そう思って生きてきました。

仕事もしたい。

やりたいこともやりたい。

自分の時間もほしい。

子どもができても、
自分をなくしたくない。

そんな気持ちが、
ずっとどこかにありました。

でも、今の私は母を「かっこいい」と思う

不思議なんです。

昔は、
「絶対に母みたいになりたくない。」
と思っていたのに。

今の私は、母の生き方を見て、

「すごいな。」

「かっこいいな。」

と思うことがあります。

10年以上、
家族のために介護を続けて。

家事をして。

子どもたちのことも考えて。

簡単にできることではありません。

昔の私が
「嫌だ」と思っていた生き方を、

今の私は
「すごい」と思っている。

じゃあ、
何が変わったんだろう。

母が変わったわけではありません。

変わったのは、
私のほうでした。

私は、母の生き方を「ジャッジ」していた

以前の私は、
「自分を後回しにするのはよくない。」

「家族のために
自分を犠牲にするのは嫌。」

そう思っていました。

もちろん、
自分の人生を大切にしたい。

そう思うこと自体は、
悪いことではありません。

でも今振り返ると、私は母の生き方を

「良い」

「悪い」

「正しい」

「間違っている」

という基準で見ていたんですよね。

つまり、
母の生き方を
ジャッジしていたんです。

「こういう生き方は嫌。」

「こうするべきではない。」

「私はこうならない。」

そんなふうに、
自分の中にある
「こうあるべき」を使って、

母の生き方を評価していました。

そして、
ここに気づいてから、

一つのことが見えてきたんです。

私は母だけじゃなく、

自分自身にも、同じことをしていた。
ということでした。

ジャッジは、人に向けるだけじゃない

「ジャッジする」と聞くと、
誰かのことを批判することを
思い浮かべるかもしれません。

でも実際には、
もっと身近なところにあります。

「これは正しい。」

「これは間違っている。」

「あの人はすごい。」

「あの人はダメ。」

そして、

「私はちゃんとできている。」

「私はまだまだ。」

「こんなこともできない私はダメ。」

こうやって、
自分にも評価をつけている。

私自身も、
知らないうちにそうしていました。

「自分を後回しにしない。」

という基準を持っていたからこそ、
自分が誰かに頼ったときには、

「もっと自分でやらなきゃ。」
と思う。

仕事でうまくできなければ、
「私の努力が足りない。」
と思う。

子育てで迷えば、
「もっとちゃんとしなきゃ。」
と思う。

人と比べてできていなければ、
「私はダメだ。」
と思う。

気づけば私は、自分で作った
「こうあるべき」という基準で、
自分自身を採点していました。

「頑張らなきゃ」の奥にも、ジャッジがあった

だから、
「私がやらなきゃ。」

「私がちゃんとしなきゃ。」

「人に頼るなんてできない。」

という気持ちも、

単純に
「頑張りたいから」
ではなかったんだと思います。

その奥には、
「母親ならこれくらいやるべき。」

「ちゃんとした母親でいなきゃ。」

「人に迷惑をかけるのはダメ。」

「自分でできない私はダメ。」

そんな
「こうあるべき」がありました。

だから疲れていても、
「まだ頑張れる。」
と思ってしまう。

誰かに頼りたくても、
「これくらい自分でやらなきゃ。」
と思ってしまう。

そして、
できなかった自分を見ると、
「またできなかった。」
と自分を責める。

私はずっと、
「頑張ること」そのものより、
「頑張れない自分を許せないこと」
で苦しくなっていたんだと思います。

感情と向き合ったら、少しずつ変わっていった

そんな自分が変わるきっかけになったのが、
心理学や脳科学を学んだことでした。

特に大きかったのが、

「感情をすぐに
良い・悪いと判断しない
ということ。

以前の私は、
「こんなことを思っちゃダメ。」
「母に失礼だ。」
「こんな自分は嫌だ。」

と、感情が出てくるたびに
すぐ判断していました。

でも少しずつ、

「私は今、
母の生き方を嫌だと思っているんだな。」

「私は、
こういう生き方はしたくないんだな。」

と、

その気持ちを
そのまま見られるようになりました。

「良い。」

「悪い。」

と決めなくていい。

ただ、
「私は今、そう感じている。」
と気づく。

それだけです。

すると不思議なことに、

「母の生き方が間違っている。」

とも、

「私の考え方が正しい。」

とも思わなくなっていきました。

そこで初めて、母と自分を
分けて考えられるようになったんです。

感情整理ができる人は、「自分の気持ち」を否定しない

「ジャッジしない」は、何でも受け入れることじゃない

ここは、
私自身が大きく変わったところです。

ジャッジしないというのは、

「何でもいい。」
「何も判断しない。」
ということではありません。

私は今でも、
「これは私には合わない。」
「私はこうしたい。」
と思います。

嫌なことを
無理に受け入れる必要もありません。

断ってもいい。

選んでもいい。

自分の意見を持ってもいい。

ただ、
「私と違う=間違い」
にしなくてもいい。

「私はこうしたい。」

「あなたはそうなんだね。」

それで終わってもいいんです。

どちらかを
正解にしなくてもいい。

これができるようになると、
すごく楽になりました。

「母は母。私は私」でいい

今の私は、
母は母の大切にしたいものを
大切にして生きた。

私は私の大切にしたいものを
大切にして生きればいい。

そう思っています。

母を否定しなくてもいい。

母と同じにならなくてもいい。

どちらが正しいという話でもない。

ただ、
違う。

それだけなんですよね。

そして、
この感覚は母との関係だけではなく、

子育てでも、
仕事でも、
人間関係でも、

私を助けてくれるようになりました。

「あのお母さん、すごいな」と思ったときも

例えば、
子どものために
たくさん習い事をさせている
お母さんを見たとします。

「あのお母さん、すごいな。」

そう思う。

それでいいんです。

以前の私なら、

「私ももっとやらなきゃ。」

「私の子育ては足りないのかな。」

と、自分を責めていたと思います。

でも今は、

「あのお母さんは、
子どもにいろんな経験をさせることを
大切にしているんだな。」

と思える。

そこで終わってもいい。

その人の選択を
「正解」にしなくてもいい。

そして、

「私はどうしたい?」

と、自分に戻ってくる。

もしかしたら私は、
たくさんの経験をさせることより、

子どもとゆっくり過ごす時間を
大切にしたいかもしれない。

それなら、
それでいいんです。

「私はどうしたい?」が持てると、選択が変わる

以前の私は、
「どれが正しいんだろう?」
と考えることが多かったんです。

でも今は、
「今の私が大切にしたいのは
何だろう?」
と考えるようになりました。

仕事を続けるのか。

少し減らすのか。

子どもとの時間を優先するのか。

自分のやりたいことにも挑戦するのか。

家族に頼るのか。

誰かに助けてもらうのか。

どれが正解なのかを探すのではなく、
「私はどうしたい?」
から考えてみる。

人に合わせすぎる人は、自分の本音が分からなくなっていく

そうすると、
「誰かの正解に合わせるために頑張る」

から、

「自分が大切にしたいもののために選ぶ」

へと、
少しずつ変わっていきました。

目指したいのは、完璧な私じゃない

もちろん今でも、

「あの人、すごいな。」

と思います。

「私もやらなきゃ。」

と思うこともあります。

人をジャッジしてしまうことだってあります。

でも、
それでいいんだと思います。

大切なのは、

ジャッジしてしまった自分まで
ジャッジしないこと。

「あ、今の私は、
『こうするのが正しい』って
決めていたな。」

と気づけたら、それでいい。

そして、

「私は本当はどうしたい?」

と、自分に戻ってくる。

またジャッジしていたら、
また気づく。

その繰り返しでいいんですよね。

「一人で頑張らなきゃ」も、変わってきた

昔の私は、

「私がやらなきゃ。」

「私がちゃんとしなきゃ。」

と思うことが多かった。

でも今は、

「これは本当に、
私がやらなきゃいけないこと?」

と、一度考えられるようになりました。

誰かに頼ってもいい。

できない日があってもいい。

子どもに完璧な親を
見せなくてもいい。

仕事だって、
全部完璧にできなくてもいい。

「ちゃんとしなきゃ」

と思ったときほど、

「私は何を正解にしているんだろう?」

と考えてみる。

すると、

「誰かに迷惑をかけないこと」

が正解になっていたり、

「母親なら全部できること」

が正解になっていたり、

「失敗しないこと」

が正解になっていたりする。

その正解は、
本当に今の私が大切にしたいものなのか。

そこを見てみるだけでも、
少し心に余白が生まれます。

まず、自分の「考え方のクセ」を知る

私が4Typesを学んで
よかったと思うことの一つが、

「私は、どう考えやすいんだろう?」

と、自分を見る視点を
持てたことです。

4Typesは、

人の考え方や行動の傾向を
4つのタイプから見ていく考え方です。

「あなたはこのタイプだから、
こういう人。」

と決めつけるためのものではありません。

むしろ、

「私は、こういうことを
気にしやすいんだ。」

「私は、こういう場面で
考え込みやすいんだ。」

「私は、こういう基準を
大切にしやすいんだ。」

と、

自分の考え方のクセに気づくための
入り口として使っています。

自分のクセが分かると、

「なんで私は、
こんなこと気にするんだろう。」

ではなく、

「ああ、私はこういうところを
気にしやすいんだな。」

と見られるようになる。

すると、

「もっと変わらなきゃ。」

ではなく、

「じゃあ、私はどうしたい?」

と考える余白が生まれます。

もし「こうあるべき」が多いなら

もしあなたが、

「私がやらなきゃ」
と思いやすい。

「こうあるべき」が多い。

人のやり方を見ると、
自分のやり方を否定してしまう。

自分にも人にも
厳しくなってしまう。

「私はどうしたい?」
が分からなくなる。

そんなことがあるなら、

いきなり自分を変えようと
しなくても大丈夫です。

まずは、

「私は、
どんなふうに考えやすいんだろう?」

と、自分を知るところから
始めてみてください。

4Types無料診断

4Types無料診断では、

あなたがどんなことを
大切にしやすいのか。

どんな場面で
考え込みやすいのか。

どんなふうに
行動しやすいのか。

自分では気づきにくい
「考え方の傾向」を知る
きっかけになります。

診断結果を見て、

「私はこのタイプだから、
こうしなきゃ。」

と、新しい「べき」を
増やす必要はありません。

むしろ、

「だから私は、
こういうときに
苦しくなりやすかったのか。」

と、自分を理解するために
使ってみてください。

診断後はZoomで一緒に結果を見ながら、
あなたのタイプや考え方の傾向について
お伝えしています。

「どうして私は、
こう考えやすいんだろう?」

そんなところから、
一緒に紐解いていきましょう。

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母と同じにならなくてもいい

昔の私は、

「私は絶対、
母みたいになりたくない。」

そう思っていました。

でも今は、

「母は母。」

「私は私。」

と思っています。

母には母の人生があって、

私には私の人生がある。

母が大切にしたものと、

私が大切にしたいものが
違ってもいい。

母の生き方を尊敬しながら、

私は私の生き方を
選んでもいい。

どちらかを否定しなくても、
自分の人生は選べるんですよね。

もし今、

「ちゃんとしなきゃ。」

「私がやらなきゃ。」

「こうするのが正しい。」

そんな気持ちに
苦しくなっているなら、

一度だけ、
「私は、何を正解にしているんだろう?」
と、自分に聞いてみてください。

そしてその先に、

「私は本当は、どうしたいんだろう?」
と聞いてみる。

すぐに答えが出なくても大丈夫。

まずは、

「私はこう感じている。」

と、自分の気持ちを否定しないことから。

そこから少しずつ、

誰かの正解ではなく、

自分が大切にしたいものを
選べるようになっていく。

私は、
それが「自分らしく生きる」
ということなのかもしれないと、

今は思っています。

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