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8月15日に寄せて

夏になると今はいない母の言葉が浮かぶ。
思いは夏になると、心を揺さぶってきた
今年は文字に残そうと思う

8月6日と8月15日。
8月9日も
出来事そのものに重みの差はないはずだ。
人それぞれ、思いも経験も感じ方もみな違う。
それは理解しているつもりだ。

けれど、私にとっての重みは、やはり違う。

「終戦の日」という言い回しも、
そのことに影響している気がする。
なぜ『敗戦の日』ではないのだろう。

私のこの思いは、自己都合なのだと思う。
母の影響が大きい。

毎年夏になると、
母は戦争の話をしてくれた。

焼夷弾を受けたこと。
憲兵さんに怒られたこと。

彼女の父――私の祖父の話。
江田島と祖父の話。

軍用犬として連れていかれた家族の愛犬が、
江田島から逃げて戻ってきたという話。
担当の軍人が引き取りに来て、
すぐに満州に行くことになっている、
だからこれが最後だと思ってほしい――
そんな話も聞いた。

焼夷弾が落ちてきたとき、
防空壕から手を引っ張ってくれて助かった話。

そして、呉から見た原爆の話。
被災した人が広島から戻ってきたときの話。

私にとって心に残るのは、8月6日だ。
呉の街中で起きたこと。

母はその話を私の記憶に残すために、
そして自分自身にも言い聞かせるように、
私に話してくれたのだと思う。

子供心に、母の言葉を聞いても、
なぜか恐怖心は残らなかった。

今はもういない母。
恐怖を伝えたかったのではなく、
「戦争はダメだよ」
それを伝えたかったのだと、今は思う。

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