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ゎヌルデン街のボニヌずクラむド

この物語は、新宿ゎヌルデン街「月に吠える」店䞻のコ゚ヌマカズナキが、この街で経隓した出来事や、出䌚った人々に぀いお描いたものです。事実をもずにしおいたすが、あくたでフィクションず認識のうえお読みください。

『俺たちに明日はない』ずいう映画がある。倧恐慌時代のアメリカを舞台に、実圚した男女・ボニヌずクラむドが、銀行匷盗をしながら逃避行をする物語だ。ラストシヌンで、二人が87発の銃匟を济びお死ぬシヌンはあたりにも有名である。ボニヌずクラむドは、アメリカの犯眪史に名を刻んだだけでなく、自由か぀砎滅的に生きたシンボルずしお、倚くの人々に知られおいる存圚なのだ。

新宿ゎヌルデン街にも、この二人の名前を冠しお呌ばれた男女がいる。

「䟋えるなら、ゎヌルデン街のボニヌずクラむドね」

ゎヌルデン街のある店のママは、その男女に぀いおこう話した。

「ゎヌルデン街はがったくられるずか蚀われおるけど、あの二人に比べたら可愛いものよ。ビヌル䞀杯で䜕千円も䜕䞇円も請求するものだから、お客さんずしょっちゅう喧嘩になっお、怅子やら゜ファヌやらがお店から飛んでくるの。よく譊察が来お倧隒ぎになっおたわよ」

倚くの店のマスタヌやママ、あるいはお客さんが、その男女のこずを知っおいた。ゎヌルデン街では知らぬものがいない、ボニヌずクラむド。実は僕は、この二人ず奇劙な因瞁で繋がっおいる。



僕がゎヌルデン街に店を開いたのは2012幎6月。内向的で人芋知りな性栌だが、それでもいろいろな人の話を聞くのが奜きで、ゎヌルデン街を含めたあちこちのバヌによく行っおいた。それが高じお、自分でバヌを経営しおしたおうず思ったのだ。

堎所はJR䞭倮線沿いで考えおおり、䞭野の物件でほが決めかけおいたずきに、䞍動産屋から電話があった。

「ゎヌルデン街に興味ありたすか」

ゎヌルデン街は人気゚リアで、30人近くが順番埅ちをしおいるず聞いおいたので、初めから候補に入れおいなかったのだが、急きょ空きが出たずいう。もし借りられるなら願っおもないチャンスである。

「はい、ありたす」

「じゃあ早速、これから内芋に行きたしょう」

物件は、ゎヌルデン街の入り口にほど近い、理想的な立地だった。居抜き物件だが、癜い壁も朚補のカりンタヌもピカピカで、ゎヌルデン街の叀くお小汚いむメヌゞずは皋遠かった。

「前店はカラオケスナックで、40幎くらい続いおいたんですけど、経営者の倫婊が高霢で亡くなっお、お店を閉めるこずになったらしいです。それを機に、倧家さんがリフォヌムしたから、こんなにきれいなんですよ」

䞍動産屋の説明に、僕は玍埗した。そしお条件を確認した埌、その日のうちに申し蟌みをした。物曞きなど倧しお儲かる職業ではないが、コツコツず貯めた玄300䞇円が手元にあったので、党お぀ぎ蟌んで契玄したのだった。



お店のオヌプン圓日。たくさんの花が届き、開店前からお客さんが抌し寄せる盛況ぶりだった。初日なので、繁盛しなければ困っおしたうが、それでも予想以䞊の出だしだった。埌茩ラむタヌにお店を手䌝っおもらい、ぎこちないお酒づくりや接客で汗だくになりながら、䜕ずかお店を回しおいった。

にぎわいが絶えない倜11時ころ、開け攟したお店のドアの前で、厚化粧をしおワンピヌスに身を包んだ䞭幎男、すなわちオカマが足を止めた。お客さんかず思っお声をかけようずするず、圌の方から話しかけおきた。

「あんたがオヌナヌ」

「はい」

「よくこんな気持ち悪い店借りたね」

オカマは冷たい衚情で蚀い攟った。店内の客たちは䌚話を止め、闖入者の様子に泚目しおいた。僕は圌の蚀うこずが理解できず、戞惑うばかりだった。

「知らないの、この店のこず」

「䜕がですか」

「この店でね、人が死んだの。前は『M』っおいうがったくりバヌで、マスタヌずママがやっおたんだけど、今幎の冬に、い぀たでもドアが閉たったたただったから、呚りの店の人が消防を呌んだのよ。倉な臭いがする、ガスでも挏れおるんじゃないかっお。そしたら、二人が腐乱死䜓で倒れおいたの。本圓にひどかったんだから。Mっおいったらこの蟺じゃ有名な店よ。あんた、䜕も知らないのね」

寝耳に氎だった。オカマは䞀方的に話すず、唇の端をゆがめお笑い、立ち去った。

「人が死んだんだ  ここで」

「本圓かな 䜕で死んだんだろう」

お客さんたちがポツポツず口にする。お祝いムヌドだった雰囲気は、自然ず重苊しくなった。オカマのデリカシヌのなさに、僕は苛立った。ここで人が死んだのが事実であったずしおも、オヌプン初日のめでたい日に、お客さんがたくさんいる前で蚀うこずないじゃないか。そう思いながらも、悪い空気を払しょくするために、努めお明るく振る舞った。



深倜0時で店を閉める぀もりだったが、お客さんが途絶えず、午前1時たで営業した。圓時、僕は吉祥寺に䜏んでおり、終電はなくなっおいた。仕方なく、怅子を䞊べお簡易ベッドをこしらえ、電気を消しお暪になった。ほずんどのお店が朝たで営業しおいるゎヌルデン街で、1時はただただ宵の口だ。蟺りから酔っ払いたちのにぎやかな声が聞こえおくるなか、オカマの蚀葉が耳を離れなかった。

確かに僕が内芋に行ったずき、お店には「M」ずいう看板が付いおいた。前のオヌナヌが亡くなったずは聞いおいたものの、お店で倉死しおいたずは、䞍動産屋から聞かされおいなかった。知らなかった いや、そんなはずはない。隠したのだろうか ぶり返す腹立たしさを抱えたたた、目を閉じた。心霊珟象は信じないので、怖さはなかったが、圓然気分は良くない。その埌もいろいろ考えおいたが、開店初日の緊匵ず疲れで、あっずいう間に眠りに萜ちた。

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Mのこずを知るチャンスはすぐに蚪れた。開店3日目に、近くの店で働いおいるずいう若いバヌデンダヌが飲みに来おくれたのだ。奜奇心旺盛で、いかにも話奜きずいった圌は、早速Mの話題を振っおきた。

「ここの前のお店のこず、聞いおたす」

「ええ、少しだけ。前のマスタヌずママがお店で亡くなったんですよね」

「そうです。どんな人が借りるんだろうっお話題になっおたしたよ。俺も狙っおお、もし借りるこずができたらホラヌバヌをやろうず思っおたんです。あんな事件があった店の埌に、ホラヌバヌができたら面癜いじゃないですか」

冗談ずも本気ずも぀かないこずを蚀っお、バヌテンダヌは笑う。僕もここぞずばかり質問した。

「マスタヌずママが死䜓で芋぀かったずきは、どんな様子だったんですか」

「2月の䞊旬でしたね。消防の人たちがMの扉を開けたずきは、俺もゎヌルデン街にいお、珟堎は芋おなかったんですけど、䜕かすげえザワザワしおたのを芚えおたすもん」

きっず䜕床も話しおいるのだろう、バヌテンダヌは流ちょうに圓日の様子を説明した。

「譊察の発衚は事故死だったので、事件性はないず思うのですが、本圓のずころ死因はよくわからないんです。でも䞍思議なのが、二人の死亡時期にはずれがあったらしいんです。先にママが死んで、その䞀週間埌にマスタヌが死んでいたようで。面癜くないですか」

その通りであれば、確かに䞍思議だ。そもそも二人はなぜ死んだのか。マスタヌはママの遺䜓に付き添っお䞀週間を過ごしたのだろうか。だずしたら、この空間で䜕を思い、最期を迎えたのか。

僕は急速に興味を持ち始めた。自分が開いた店で、そのような出来事があったずは、運呜ずいうにはかなり生々しいが、それでも䞍思議な巡り合わせのようなものを感じた。

「ずころで、Mはそんなにひどいがったくりだったんですか ビヌル䞀本で䜕千円も䜕䞇円も請求されるっお聞いたんですが」

「俺は行ったこずがないんですが、がったくりが圓たり前だったみたいですよ。最高で300䞇円盗られた人がいるっお話を聞いたこずがありたす」

バヌテンダヌの声が倧きくなる。

「酔ったずころをATMに連れお行かれお、300䞇円を匕き出されたっおいう人がいるんですよ。どうやら酒に倉な薬を入れられお、眠らされお身ぐるみをはがされたんじゃないかっお。ほかにも䌚瀟の瀟長が、埓業員の絊料を200䞇円ほどカバンに入れお飲んでいお、酔っぱらっお起きたらなくなっおいた、っお話も聞いたこずがありたす」

「完党に犯眪じゃないですか。それは譊察に行っおもダメなんですか」

「蚌拠がないんです。酔っぱらっお自分でお金を䞋ろしおなくした、絊料甚のお金をどこかで萜ずした、かもしれないから」

「なるほど  」

もし本圓であれば、がったくりの域を超えおいる。ボニヌずクラむドず呌ばれおもおかしくないたちの悪さだ。最埌に僕は、二人の倖芋に぀いお聞いおみた。

「店の前で䜕床か芋かけた皋床ですけど、マスタヌはひょろっず背が高くお、塩顔っお蚀うんでしたっけ しゅっずした男前でしたよ。陰気な感じでしたけどね。ボッタクリバヌのくせに、い぀もベストずネクタむをしおいお、恰奜だけは本栌的でした。ママは背が䜎くお小倪りで、気が匷そうな、ザ・おばちゃんっお感じでした。よく店の前で通行人を捕たえお、わヌわヌたくしたおながら匕っ匵り蟌もうずしおたしたね。二人ずも60代埌半か70代くらいだず思いたす」



それから僕は、ゎヌルデン街で飲むたびに、Mの情報収集をするようになった。するずほどなく、Mに行ったこずがあるずいう40代のサラリヌマンず隣り合わせた。圌はビヌル䞀本でママから7500円を請求され、「やられた」ず思ったが、文句を蚀わず支払ったずいう。

「だっお、考えおみおください。ケンカしたら絶察に勝おるようなおじいちゃんずおばあちゃんが、7500円払えっお蚀っおくるんですよ。そうでもしなければ生掻しおいけないんじゃないかず思うず、助けたくなっちゃっお。もちろん、5䞇ずか10䞇ずか蚀われたら払わないですけど、7500円くらいなら喜んで払いたすよっお感じでした」 

サラリヌマンはそう蚀っお、柔和な笑顔を浮かべた。確かに老人にすごたれおも、怖いずいうより滑皜で、哀れに思っおしたうこずもあるのかもしれない。こうなるずもはや寄付だろう。

僕らの䌚話が聞こえたのか、ママが話に入っおきた。

「うちの店に、すごく匷面のお客さんがいるの。普通の䌚瀟員なんだけど、芋た目は完党にダクザなのよ。その人に、Mに行くずがったくられるよっお話をしたら、『じゃあ俺が行っおみる』っお蚀いだしたの」

「それで、どうなったんですか」

それがね、ずママはおかしそうに笑う。

「ビヌルを䞀本だけ飲んで、お䌚蚈をしようずしたら、ママが5000円っお蚀っおきたの。だから、『ビヌル䞀本で5000円だ なめおんのか』っおすごんだら、急に小さくなっお、『500円でいいです』っお蚀われたんだっお」

その人間臭さに、僕らも笑った。がったくりバヌずいっおも、経営しおいるのは老倫婊だ。裏瀟䌚の人々がおそらく関わっおいる本物のがったくりバヌず違い、客に抵抗されたらかなうわけがない。ずきには匕くこずもあったのだろう。

さらに、少し離れた垭に座っおいた青幎が、「Mの話しおるんですか 俺も行ったこずありたすよ」ず話に入っおきた。圌ずMの出䌚いは、䜕ずも滑皜だったずいう。

「ママがね、ドアを半分開けお、そこからケツを出しおおいたんです」

「どういうこずですか」

「倚分、誘っおる぀もりなんですよ、客を。あ、ケツっおいっおも、さすがに生ケツじゃなかったですけどね。かなり怪しいず思いたしたが、面癜そうかなず入っおみたんです」

老霢のママが、䜓を゚サに客寄せをしおいる。コントずしか思えない展開だそれにしおも勇気のある青幎である。青幎は、あの店はがったくりではないず断蚀した。

「1䞇円取られたんですけど、䜕杯飲んでも料金は同じっお蚀われたした。䞀杯飲んでも、100杯飲んでも1䞇円。だから、そのずきは10杯くらい飲みたしたね。少ししか飲たない人にずっおは高いかもしれないけど、党然がったくりじゃなかったです」

そのシステムだったら、確かにがったくりずは蚀えない。それにしおも、ビヌル䞀本で7500円のこずもあれば、飲み攟題で1䞇円のこずもある。倀段蚭定はもずもず、あっおないようなものだったのだろう。

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人によっお請求される金額が違う。チェヌン店ではありえないが、䞀昔前の飲み屋では珍しくない。2012幎圓時、ゎヌルデン街にも料金が曖昧なお店が残っおおり、人によっお高く請求される堎合ずそうでない堎合があった。

ただそこに、「がったくっおやろう」ずいう悪意があるかず蚀ったら、必ずしもそうではない。か぀おゎヌルデン街の近くにあった焌き鳥屋は、メニュヌも料金衚もなく、客は適圓に料理や酒を泚文する。金額は3000円、5000円、1䞇円のいずれかを請求されたそうだ。ある䜜家は、駆け出しのころは3000円だったが、ヒット䜜を出しおから1䞇円になったずいう。懐具合に合わせた料金ずいうわけで、これは悪意ずいうより、“そういったシステム”ず捉えるべきなのだろう。

䞀方で、䜕もわからない䞀芋さんなど、ふんだくれそうな人には高い金額を提瀺する店もある。Mはこちらに該圓し、普通に考えたら、がったくり以倖の䜕物でもないず思われるのは圓然だ。

けれど僕は、Mのようなやり口を、必ずしも悪質だずは思わない。か぀おむンド旅行に行ったずき、土産物やら掋服やらトゥクトゥクの料金やら、むンド人は平気な顔をしお、明らかに盞堎より高い金額をふっかけおきた。Mのやり方も、たさに同じではないか客の金やキャッシュカヌドを盗むなどの犯眪行為たでいくず別の話だが。

むンドで、僕は金額がおかしいず思ったら指摘し、玍埗できる䟡栌になるたで亀枉しおいった。ゎヌルデン街でも、がったくられそうになったら、そうすればいいだけの話だ。しかも、盞手は犯眪組織でも䜕でもない、“ケンカをしたら絶察に勝おそうな”老倫婊なのだから。

店のやり方そのものに文句を蚀うなら、そもそも「日本䞀ディヌプな飲み屋街」ず称されるゎヌルデン街に来なければ良いのである。Mを擁護するわけではたったくないが、僕はそう思っおいる。

Mががったくりバヌず呌ばれるのは、時代も倧きく圱響しおいる。バブル期、新宿ゎヌルデン街ももれなく盛況で、どこの店も倧繁盛しおいた。毎晩チップが飛び亀い、今では考えられないくらい儲かっおいたず、圓時を知るママから聞いたこずもある。

だが地䟡の高隰によっお地䞊げの察象ずなり、300軒ほどあった店舗は玄半分に枛り、䞀気に閑散ずした街に倉貌した。

バブル厩壊埌、䟡栌が暎萜したゎヌルデン街の土地の暩利を、所有者たちが手攟すず、若い店䞻たちが続々ず店を構えるようになった。新しい颚が吹き蟌んだ街は、再び隆盛を取り戻した。

2000幎以降、街には若者や芳光目的の倖囜人が増え始める。圌ら圌女らの倚くが遞ぶのは、「店頭に料金システムが明瀺されおいる」「倖から店内が芋える」「ネットやSNSに情報が茉っおいる」など、安心・安党・明朗䌚蚈の店である。そんなニヌズをくみ取るかのように、ゎヌルデン街にも健党な店が増えおいった。

Mは玄40幎も営業しおきたず、䞍動産屋は話しおいた。ずいうず、1970幎ころにオヌプンしたわけである。圓時の個人店では決しお珍しくない、良くも悪くも適圓な料金蚭定で店を始め、続けおきたため、珟代の颚朮から芋たずきに“がったくり”ず蚀われるようになったのだろう。

この商法が悪質かどうかは別にしお、Mにずっおはごく圓たり前に続けおきたやり方であり、生き残るための手段のひず぀であったこずは間違いないのだ。

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ずはいえ、がったくりバヌが迷惑な存圚であるこずもたた事実だ。客やゎヌルデン街関係者もそうだが、最も困っおいたであろう人に話を聞いた。僕が物件を借りおいる倧家80代・男性、すなわちMに店を貞しおいた人物だ。お幎寄りだが声は倧きく、喋り方もパワフルで、こちらが圧倒されそうなほどの掻力がある。

もちろん倧家も、Mのこずをよく知っおいた。

「ずんでもなかったよ、あの二人は。ボッタクリなんお止めなさい、さもないず出おっおもらうよ、っお䜕回蚀っおも、あのばあさんが『私たちのやり方に口を出すな』っお、聞く耳を持たないんだもん。法的にも無理やり远い出すこずはできないしさ。死者を悪く蚀いたくないけど、最埌の最埌たで人に迷惑かけるなんお、あの人たちらしいよなぁ」

倧家は苊笑しながら二人に぀いお話した。物件を貞した玄40幎前、二人は瀌儀正しく、感じの良い矎男矎女ずいう印象だった、ず倧家は振り返る。たさかこの二人がボニヌずクラむドず呌ばれるようになるずは、倢にも思っおいなかったずいう。

二人ががったくりをしおいるこずは、物件を貞しお1幎ほどで気づいた。倜に芋回りがおら、店の前を通りかかったずき、倧声で口論するママず客の姿を目撃したのだ。すぐに仲裁に入り、事情を聞いたうえでママずマスタヌを泚意するず、ママは豹倉し、噛み぀きそうな勢いで向かっおきた。そのあたりの迫力に、匕き䞋がるしかなかったずいう。

問題はそこからである。自分が所有する物件であっおも、䞀方的に借䞻を远い出すこずは法的にできない。ゎヌルデン街の組合や、譊察に盞談しおも、䜕も倉わらなかった。仕方なく、䞋手に出お、がったくりを止めるようにお願いしたがどこ吹く颚。ほずほず困り果おおいたずいう。

だが関係が悪化する前は、ゎヌルデン街で二人ず顔を合わせたずき、気さくに䌚話もしおいたず倧家は話した。

「マスタヌは束田さん仮名っおいっお、前は垝囜ホテルかどこかでコックをしおいたんだっお。倧人しくおほずんどしゃべらない人だったね。競銬キチガむで、毎週のように競銬堎に行っおるっお話しおたな。前は囜分寺に家を持っおたらしいんだけど、あたりに負けすぎお、家を手攟すこずになったんだっお。

ママはひろ子さん仮名。昔は新宿のクラブで働いおいお、毎月トップだったそうだよ。初めお䌚ったずきも矎人だったけど、若いころはもっずきれいだったんだろうね。晩幎はそんなこずなかったけど、ははは。ひろ子さんは面倒芋も良くっお、クラブでは仲のいい埌茩をヘルプに付けお客に玹介したり、食事や旅行に連れお行ったりしお、慕われおいたみたいだよ」

倧家によるず、Mはあるずきから、知恵遅れの䞭幎女性を客匕きずしお䜿っおいたのだそう。それも、女性にいくばくかのお金を枡したいずいう、ひろ子の思いがあったからかもしれない、ず続けた。

二人のこずを話しながら、䜕床も倧家は顔をしかめたが、最も嫌悪感を露わにしたのが、店のなかに぀いおだった。

「店に゜ファヌがあっおさ、二人は営業が終わったらそこで寝泊りしおたんだよ。だから店のなかには、掗濯したのかわからない着替えなんかが散らかっおおね。ああ、汚かった たたに芗くず、ゎキブリなんかりロりロしおたし、ゎミも山積みになっおた。それも泚意したんだけど、ちっずも聞いおもらえなかったよ」

話しながら、倧家の衚情が少しず぀緩んでいく。二人が亡くなったこずで肩の荷が䞋り、ようやく笑い話にできるようになったからかもしれない。その埌もMに぀いおいろいろ聞いたが、さすがの倧家でも、束田ずひろ子の出䌚いに぀いおは知らなかった。

僕が瀌を蚀うず、もしこの話を本にするなら印皎わけおくれよな、ず圌は笑った。

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ある倜、僕が店番をしおいるず、30歳くらいの女性が来店した。ショヌトカットで、矎人だが少し陰のある女性だった。

「あの、ここ、Mじゃないんですか」

ドアの前に立ち、おずおずず店内を芋枡しながら、女性は蚀った。

「Mは閉店しお、今は違うお店なんです」

「マスタヌずママはどうされたんですか」

「すみたせん、ちょっずわからないです」

亡くなったず䌝えるべきなのかわからず、僕は蚀葉を濁した。女性は少し迷った挙句、せっかくなので䞀杯だけ、ず垭に着き、グレヌプフルヌツゞュヌスを泚文した。話題は自然ずMのこずになった。

「Mにはよく来おいたんですか」

「はい。23幎くらい来おいなかったんですけど、前は毎週通っおいたした。私、お酒が飲めないんですが、それでもマスタヌずママにはすごく良くしおもらっおいたした」

「前のお店は、がったくりバヌだったっお聞いおるんですけど、そうではないんですか」

「そんなこずないです、すごくいいバヌでしたよ。私はい぀も1000円か2000円くらいでした。マスタヌもママも優しくお、もうひず぀の田舎みたいで、すごく居心地がよかった」

ただ、ず女性は続ける。

「お店の䞭でよくケンカは起きおたしたね。『ビヌル䞀杯で8000円 そんなのおかしいだろ』っおお客さんが蚀っお、ママず怒鳎り合いになっお、譊察がよく来おいたした」

がったくりバヌずしお悪評が高い䞀方、圌女のように良くしおもらっおいた、ずいう客もいる。䞀䜓、䞡者の違いは䜕なのだろう。僕は真盞を䌝える気になった。

「実は、マスタヌずママは亡くなったんです。それで、Mは閉たっおしたったんです」

「えっ  」

圌女は絶句し、目を䌏せ、数分間そうしおいた。ようやく顔を䞊げるのを埅っお、僕は話しかけた。

「毎週通っおいたのに、23幎も来なかったのは、䜕かあったんですか」

女性は少し迷った様子を芋せ、口を開く。

「あるずき、高い料金を請求されたおじさんが、そんな金払えない、っお怒りだしたんです。ママも怒っお、怒鳎り合いになっお。私はい぀ものこずかず思っお芋おいたした。そうしたらおじさんが私の腕を぀かんで、『じゃあ払っおやるけど、その代わりこの子を連れおいくぞ』っお蚀いだしお」

「ママはどうしたんですか」

「勝手にしろ、っお。おじさんは本圓に私を連れお行こうずしたのですが、ママもマスタヌも助けおくれたせんでした。倖に出た埌に逃げたので、無事だったのですが」

「信頌しおいた人たちに芋殺しにされお、裏切られたず感じなかったんですか」 

酷だず思い぀぀、僕は質問を続ける。

「思いたくなかった、のかもしれたせん。あの人たちがそんなこずするなんお、考えたくなかったんだず思いたす。だから、䜕幎もお店に来おなかったんですよ。でも、このたただず䞀生行かないたただず思っお、今日ここに来たんです。さっきお話しした件があっおから、自分のなかで時間が止たっおいた気がしおいお。すごく寂しいですけど、Mがもう無いっお知れおよかったです」

女性はこの日、初めおの笑顔を芋せた。それにしおも二人は、優しくしおいたずいう女性客を、なぜ簡単に芋捚おたのだろうか。その埌、埌悔や申し蚳なさは感じおいたのか。もしくは、ちょっず懐いおいた小嚘ひずりなど、どうなっおもいいずいう、サむコパス性が二人の本質だったのか。

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圌女だけでなく、Mに通っおいたずいう女性はほかにもいた。あるずき店にやっお来た、30代埌半のOLは、毎週のようにMで飲んでおり、ひろ子から「この店を継ぎなさい」ず蚀われるほど気に入られおいたずいう。“おしゃべり”“人の話を聞かない”ず陰で呌ばれおいるこずが瞬時に予枬できるほど、ひたすらマシンガンのようにしゃべり続ける圌女の蚀葉のなかに、意倖な事実があった。

「あの二人、倫婊じゃないよ。お店にも䜏んでいなくお、二人ずも別々にアパヌトを借りおたっお蚀っおた」

続々ず新情報が飛び蟌んできお、頭の敎理が远い぀かない。もちろん、40幎もお店をやっおいる間に、いろいろな環境の倉化もあるだろうが、初めお聞いた事実だった。

䞀番の驚きだったのは、ひろ子が亡くなった埌、束田から圌女に電話があったずいうこずだ。

「ママが死んじゃったよヌ、っお電話があったの。すごく萜ち蟌んだ様子で、しばらくお店を閉めようかな、っお蚀っおた。そのずき私は仕事䞭だったから、そうなんだ、倧倉だねっお返しお、ゆっくり話ができなかったんだけど、それが最期の䌚話になっちゃった」

割ずドラむな性栌なのか、女性は悲しむ様子を芋せず、淡々ず話し続ける。そしおコロッず話題を倉え、「ねヌ今床、この店でバむトさせおよ。私、接客はなかなか埗意だず思うからさ  」ず身を乗り出した。僕が愛想笑いで乗り切ったのは蚀うたでもない。



取材は最終章に差し掛かった。ひろ子ず芪しく、二人の事情を誰よりも知っおいるであろう、老舗バヌBのママに話を聞くこずができたのだ。ママは恐らく70代だが、童顔で肌に匵りがあり、癜髪もなく、少女の面圱を残しおいた。だがMず同じく、ゎヌルデン街で40幎ほど店をしおいるそうで、人生の酞いも甘いも芋続けおきた人特有の、達芳した萜ち着きがあった。

なぜ僕がBのママず知り合ったのか。実は、瞁を぀ないでくれたのはMだった。あるずきから、僕の店に新芏の客が盞次ぐようになった。どうやっおうちを知ったのか聞くず、「Bに玹介されたから」ず客たちは口を揃えた。

党く接点がないのに、なぜBは客を回しおくれたのだろう。お瀌ずあいさ぀を兌ねおBに飲みに行ったずころ、ママは「私、ひろ子さんずずっおも仲が良かったの。だから、次に入るお店も応揎したいず思っお」ず理由を明かしおくれたのだった。

僕は瓶ビヌルを泚文し、ママのグラスにも泚いだ。話題は自然ずMのこずになった。ママはビヌルを䞀口飲み、遠い目で話し始めた。

「ひろ子さんは、かわいそうな死に方をしたの。あんなにかわいそうな人はほかにいないよ」

新宿のクラブで働いた埌、ひろ子は阿䜐ヶ谷のスナックに移った。束田はそこの垞連客だったずいう。圓時はひろ子が30代半ば、束田が20代埌半である。ひろ子に入れ蟌んだ圌は、し぀こくアプロヌチをかけ、ずうずう関係を持぀こずになった。

それから二人は、束田のアパヌトで暮らすようになり、ひろ子がスナックで皌いだお金でMをオヌプンさせる。幞せな日々の始たりのように思えるが、Bのママは「それからがひどかったの、あの男はおかしいのよ」ず語気を匷めた。

嫉劬心がひどかった束田は、ひろ子が出かけようずするず、「ほかの男のずころぞ行くのか」ず激高した。そしおホヌスを持ち出し、ひろ子の掋服ずいう掋服に氎をかけ、倖に出られなくした。事実䞊の軟犁である。

かず思えば、気に入らないこずがあれば、ひろ子を家から远い出しおしたう。そんなずき、ひろ子は道端で眠っおいたずいう。

束田が倧の競銬奜きだずいう話も、本圓だった。銬刞の買い方も、䞀レヌスで1020䞇円も䜿うような掟手なもの。束田はアル䞭でもあり、毎日のように飲み歩いおいた。Mで皌いだお金はほずんど圌に取り䞊げられ、消えおいった。口を出そうものなら、暎力が埅っおいた。

いろいろな人に聞いた話からするず、客に高額な料金を提瀺する、枋る客には怒鳎り散らすなど、先頭に立っおがったくり行為を行っおいたのはひろ子であった。リヌダヌ栌はひろ子だず僕は考えおいたが、意倖にも、圌女を支配しおいたのは束田だったのだ。

それでも、束田は人圓りが良かったため、呚囲の人々は、二人の関係のいび぀さには気づかなかったずいう。

「ひろ子さん、すごいキレむだったのよ。でもずきどき束田に痛め぀けられお、芋るに芋られない顔になっおた。気䞈だから、呚囲には殎られたなんお絶察蚀わなかったけど。性栌もすごくよかったんだけど、抱え蟌んでたものがあったからか、私ず䞀緒に飲むず、グチが半端じゃなかった。束田には逆らえないし、お酒を飲んだずきくらいしか発散できないんだもん」

Bのママは、ひろ子の家庭環境も知っおいた。ひろ子は屋久島出身で、父は䞀流䌁業勀め、母は孊校の先生、匟は譊察官。自分ひずりが氎商売の䞖界で働くこずに、匕け目を感じおいたずいう。

「束田ず別れお屋久島に垰るこずも考えおたみたいだけど、氎商売の件で、ご家族からあたり良く思われおいなかったみたいなの。幎も幎だから、これからひずりで生きおいくのも倧倉でしょ。だから結局、居堎所は束田のずころしかなかった。話を聞くだけで蟛くお、䜕回䞀緒に泣いたかわからないよ」

束田ずひろ子の奇劙な共同生掻は、30幎以䞊も続いた。その間、二人は結婚ず離婚を回も繰り返したずいう。圌の競銬や酒代をねん出するために、二人はずきに盗みも働いた。店で泥酔した客の財垃をひろ子が抜き、枡された束田は䞭身を抜く。そしおたたひろ子が、空の財垃を客のもずに戻す、ずいう手口だ。

お金を持っおいそうな客が来るず、酒に薬を盛るこずもあった。泥酔させお、金を盗んだり、ATMで䞋ろさせたりするのだ。こういった行為が、束田の指瀺なのか、ひろ子の発案なのかは、定かではない。Bのママも、聞かないようにしおいたずいう。

二人はボニヌずクラむドのように協力し合い、生き抜いおきた。客ず怒鳎り合いをし、譊察沙汰にもなり、倧家やゎヌルデン街関係者からの泚意も聞かずに。たった二人で闘い、抗い続けおきた。



ここからは、Bのママをはじめ、いろいろな人に聞いた話を螏たえたうえで、二人がどのように最期を迎えたか、あくたで仮説だが蚘す。

ある倜、Mの営業䞭、客が誰もいなかったため、束田はほかの店ぞ飲みに行こうずした。䜕か気に食わないこずがあったのだろう、ひろ子ず蚀い争いになっお突き飛ばし、そのたた飲みに行った。

しばらくするず、行き぀けの店にいた束田のもずぞ、客匕きの女が「ママの様子がおかしい、救急車を呌んだ方がいいんじゃないか」ず駆け぀けおきた。だが圌は「呌ばないでいい」ず拒吊し、しばらく飲んでから戻るず、ひろ子は亡くなっおいた。

盎埌、束田はBのママのずころに盞談に来たずいう。店で亡くなっお、遺䜓がそのたたであるこずは䌏せ、病気で死んだず告げたそうだ。Bのママは、そのずきのこずを振り返る。

「ひろ子さんが亡くなったこずは驚いたけど、それより束田さんのこずが心配だったわ。圌は気が小さくお、䞀人で生きおいけるような人じゃないの。ひろ子さんがいないず生きおいけないのよ。がんばっおやりなさいよっお蚀ったら、がヌっず考えこむようにしおいお、そのたた垰っおいった。それから、しばらく店が閉たったたただから、病院にでも行っおいるのかず思ったら、あんなこずになっおたのよね」

数日埌、店から異臭がするず呚囲が隒ぎ出した。ゎヌルデン街の関係者が芋守るなか、消防ず譊察がドアをこじ開けたずころ、二人の遺䜓が芋぀かった。もずもず心臓が匱かったずいう束田は、ひろ子を倱ったあるいは殺めた悲しみや喪倱や自責や埌悔などにさいなたれながら、衰匱しおいき、亡くなったらしかった。それが、二人の死亡時刻の差ずなっお衚れたのだ。

もちろん、现かい疑問は山ほど残るし、真盞は䞍明だが、珟時点でわかるのはここたでだ。束田はひろ子に惚れお、倱いたくない、独占したいずいう思いのあたり、暎力が垞習化しおしたったのだろうか。たたひろ子も、別れたいず思っおも、結局圌のもずにしか居堎所がなく、ずどたり続けるうちに、共䟝存のような関係性ずなっおしたったのか。

もしくは、二人の根底には、呚囲の誰にも理解されないけれど、互いを必芁ずしおいる愛情があったのだろうか。答えはわからない。いずれにせよ、あたりにも切ない物語だった。



「月に吠える」が開店しお、䞀幎が過ぎた。お店は少しず぀だがゎヌルデン街に定着し、“Mの跡地にできた店”ずいうむメヌゞからだいぶ脱华でき぀぀あった。

ある倜、老人がドアの前に立った。人がよさそうな、䞊品で身なりの良い老人だった。

「マスタヌずママはいる」

「Mのお客様ですか Mは閉店したんです」

僕は答えた。

「どこかほかでお店やっおるの」

「すみたせんが、わからないんです」

「そうなんですね、ありがずう」

二人が亡くなったこずを䌝えるべきか迷っおいるうちに、老人は笑顔で立ち去った。圌はMでどんな時間を過ごしたのだろう。どんな思い出があったのだろうか。事情を知っおいる垞連客が、「今のおじいさん、がったくられに来たのかな」ず笑った。

気づくず、僕は老人を远っお店を飛び出しおいた。Mのこずを、束田ずひろ子のこずを、もっず知りたかった。すぐに芋぀かるず思ったが、老人の姿は芋圓たらなかった。僕はしばらく、ゎヌルデン街の路地で立ち尜くしおいた。了


【月に吠えるのTwitter】
http://twitter.com/puchi_bundanbar

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