繊細さんという言葉
noteで目にすることが多い言葉である。
かくいう私も、母親から「あんたも今流行りの『繊細さん』ってやつなんじゃないの?」と、無自覚ノンデリを浴びたことがある(笑)
心療内科に通う経験をして、考えたことがある。
世の中には診断されていない「症状」が多すぎるのではないか、
「繊細さん」と「症状」がごっちゃになっているのではないか、と。
母のことをノンデリと書いてしまったのは訂正したい。
以前、母が「昔は『自律神経』さえなかった」と言っていた。
身体的/非身体的な問題に対して「交感神経・副交感神経のバランスが整っているかどうか」という目に見えない問題を考えるのは、難しい。
風邪やインフルエンザとは違って、身体のかなり奥の問題で、医学的には最近の話題らしい。
それまでは気の強い人・気の弱い人みたいにざっくり分けられていたのだと推測する。(今も50代以降と話しているとそんな感じだ)

おそらく、「繊細さん」「HSP」もここ10年以内に出てきた概念なのではないか。私も「繊細さん」とそうじゃない人の線引きを知らないし、母がよく分からないのも当たり前だ。
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話を戻すと、「繊細さん」はまだ診断されていない問題を抽象化して、まるっと収めた現代の概念とも言えると思う。
色々と調べるようになって驚いたのは、「死にたい」という気持ちは、「希死念慮」という症状だということだ。
人間関係や環境のこじれなどで簡単に消費されてしまう言葉だが、医療現場の診察では「希死念慮があるかどうか」も含めて判断基準にする。
希死念慮はただのボヤキや現実逃避ではなく、セロトニンの生成がうまくいかないという脳の病気から来る、症状。うつは心の病ではなく、脳の病。
医療現場ではそれが当然でも、医療につながる人はごく一部で、一般的にはあまり浸透していない気がする。
最近ちゃんと知って、「そんなの誰も教えてくれないから、知らなかったよ」と思った。
現代日本でしんどい思いをしながら、社会に溶け込んでいる人たちは、それが医療につながるべき症状だと知らずに、耐えて過ごしている。
(病院に行くリソースが割けないという問題もある)
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たぶん「繊細さん」という言葉に頼る人も、そうなのではないか。
それなら、早く問題のある症状と向き合った方がいいのではないか。
あなたの感じ方とか心の問題とかではなく、環境を変えるとか、関係を変えるとか、医療につながるとか。
「繊細さん」という言葉やそういう人に敵意を向ける人もいる。
私も会社にそういう人がいるとき、ちょっとイライラしていた。
その繊細そうな人は、「攻撃してくる人」から傷ついているのを耐えている認識なのだと思った。
でも周りの人や私から見たら、殻に籠もって「傷つくから丁寧に扱って」とやんわり配慮させている、我の強い人に見えた。
そのとき考えたのは、繊細アピールに対して抱く嫌な感じというのは、相手そのものが許せないのではなく、"自分は我慢しているのに、そいつは「繊細アピ」で周りに気を遣わせて、そのうえで社会にいることを許されていることがずるい"と思うのではないか
ということ。
本当は、ずるいことをしていない自分が傷ついているのではないか。
「繊細さん」という言葉を取り巻く人々は、本来は自分の問題と現実的に向き合わなければならない気がする。
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私は診察時に、夜更かしと睡眠リズムについて相談したことがある。
先生は淡々と、「夜更かしも依存症の一種ですからね~」と言っていた。
「うおお、刺さるけど、そうか」と思った。
「夜更かし」という言葉があまりに一般的で、その程度や頻度を含めて正しく理解しないと、問題を軽く見過ごしてしまう。
0か100かでは無いと思っている。
治療するほどではないが、多少なりとも現実に影響がある困りごとを持っている人が、「繊細さんだから」と我慢するのかもしれない。
でも、漢方や薬で楽になるということがもっと広まればいいし、「病気ではない」と安易に思わせるような言葉にならなければいいなと思う。
