夏はぜんぶ「待ち時間」でできている ─ コーヒーの学校 第1回と、一週間で採れる葉っぱの話
夜のうちに仕込んだ水出しコーヒーを、朝いちばんに飲んだら、
びっくりするほど味が薄かった。 八時間も待ったのに。
氷まで用意して、いい顔で待っていたのに。
その日から私は、
夏の「待ち時間」のことを少しだけ真剣に考えるようになりました。
コーヒーの学校 第1回
味の地図をひらく ─ そして夏の一杯へ
今回から、コーヒーの連載を始めます。名前は「コーヒーの学校」。
回を追うごとに、
読んだ人がどんどん詳しくなっていく積み上げ式にしたいと思っています。
初回の今日は、いちばん大事な地図の話から。
コーヒーの味って、
なんとなく「濃い・薄い」「苦い・酸っぱい」で語られがちですよね。
でも実際には、
品種 → 産地 → 焙煎 → 挽き方という四つの分かれ道を通って、
あの一杯の味にたどり着いています。
順番に歩いてみます。

いちばん最初の分かれ道が、品種。
世界のコーヒーはおおまかにアラビカ種とロブスタ種に分かれます。
アラビカは標高900〜2000mの高地で育つ品種で、
フルーティな酸味、花のような香り、ほのかな甘み。
いま「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる世界の主流はこちらです。
カフェインは0.8〜1.4%と、意外にも控えめ。
いっぽうロブスタは糖分や脂質が少なく、風味の深みは出にくい代わりに、クロロゲン酸が多くて苦味と力強さがある。
カフェインは1.7〜4%とアラビカよりぐっと多く、低地でも育つ。
インスタントや、エスプレッソのブレンドでよく働いてくれる品種です。
つまり「苦いコーヒーが好き」の裏側には、
品種の話がもう半分隠れていた、ということ。
次の分かれ道が、産地。
ざっくり言うと、
きらきらした酸味はアフリカ産の豆で際立ちやすく、
どっしりした苦味はアジア産の深煎りで前に出やすい。
もちろん産地だけで決まるわけではなくて、ここに焙煎が重なります。
浅く煎るほど酸味とフルーティさが残り、深く煎るほど苦味とコクが立つ。 これが焙煎の大原則。
そして最後が挽き方。
同じ豆でも、粉の細かさで湯や水の触れ方が変わるので、
味の濃さと雑味が動きます。
品種で素質が決まり、
産地で個性が乗り、
焙煎で表情が決まり、
挽き方で最終調整をする。
私はこの四段階を、コーヒーの地図だと思っています。
冷たいコーヒーは、なぜ薄くなるのか
さて、冒頭の薄い水出しの話に戻ります。
冷たいコーヒーには、ホットより酸味を強く感じやすいという性質があるそうです。だから浅煎りをそのまま冷やすと、
味の輪郭がぼやけて「なんだか物足りない」になりやすい。
中深煎り(フルシティロースト)以上を選ぶとぼやけにくい、
と言われるのはそのためです。
挽き方にも落とし穴がありました。
水出しは抽出時間が長いので、
細かすぎる粉は雑味や目詰まりのもとになり、粗すぎると単純に薄くなる。中挽き〜中細挽きくらいがちょうどいい。
私の失敗は、たぶん粗く挽きすぎていたのだと思います。
八時間待った相手が、実は最初からすれ違っていたわけです。
夏に合う、三つのタイプ
ランキングというより
「夏の気分別・三つの選択肢」として読んでください。
豆選びは好みの世界なので、正解はひとつではありません。
①つめは、さっぱり浅煎りタイプ。
エチオピアやケニアといったアフリカ産です。
柑橘のような爽やかな酸味が持ち味で、
水出しにするとびっくりするほど軽い口当たりになる。
「暑い、とにかくスッキリしたい」という日に。
②つめは、キリッと冷やす深煎りタイプ。
マンデリンやブラジルあたり。
苦味とコクがしっかりしているので、
氷で多少薄まっても味の芯が残ります。
深煎りを水出しにすると、
苦味の角がまるくなってクリアな後味になるのも面白いところ。
③つめは、バランス型の中深煎り。
コロンビアやパプアニューギニアなど。
水出し特有の甘みとコクが両立しやすく、
最初の一本にはこれがいちばん扱いやすいと思います。
ここで面白いのが、①と②は真逆の理屈だということ。
浅煎りは「個性を活かす」方向、
深煎りは「輪郭を守る」方向。
どちらも「夏に合う」と語られている。
地図があると、正反対の意見が両方正しい理由まで見えてきます。
今日から話せる、小さな蘊蓄
アイスコーヒーが薄くなるのは、たいてい氷を直接入れて冷やすから。
氷水を張ったボウルに容器ごと沈めて一気に冷やすと、
薄まらないうえに香りも残ります。
私はこれを知ってから、味が一段よくなりました。
それから、「水出しはカフェインが少ない」という定説。
実は抽出時間が長いぶんしっかり溶け出すので、
豆の量や時間次第ではむしろ多くなることもあるそうです(諸説あり)。
夜に飲むときは、ちょっとだけ頭の隅に。
深煎りの豆は脂質の酸化が早いので、
まとめて挽いた粉は早めに使い切るのがよいとされています。
次回予告 ─ コーヒーの学校 第2回「焙煎のひみつ」。
浅煎りから深煎りへ、豆の中では何が起きているのか。
酸味・苦味・コクはどう作られるのか。自分好みの焙煎度の見つけ方まで。
この夏、いちばん早く採れる葉っぱは何か
待ち時間の話をもうひとつ。台所のほうです。
夏は水耕栽培のスタートに向いています。
気温が高いぶん生育が早く、待つ時間が短くて済むから。
収穫の早い順に並べてみると、
これが気持ちいいくらいはっきりしています。

最速はスプラウト。種まきから約1週間、発芽は二日後。
道具もほとんど要りません。
次が豆苗の再生栽培。
スーパーで買った豆苗の根元を水に浸けておくと、
7〜10日でもう一度収穫できる。種すら要らない。
そこから小松菜がベビーリーフなら2〜3週間、通常サイズで4週間ほど。
ベビーリーフは20〜30日で、夏はこの短いほうに寄りやすい。
リーフレタスは種から定植まで12〜15日、
そこから30〜40日かけて外葉からかき採る長期戦。
バジルは40〜50日と時間はかかりますが、
そのぶん収穫期間が3〜4か月も続きます。
※日数はどれも目安。気温や環境でけっこう前後します。
育てた葉っぱで、今夜なにを作るか
ここからが本題かもしれません。
育てる話は、食べる話とセットでようやく完成します。
豆苗なら、
レンジで加熱して塩で和えるだけの豆苗のナムルが定番。
もう少し食べごたえが欲しい日は豚肉とのオイスターソース炒めで、
あのシャキシャキを主菜に格上げできます。
生でもいけるので、アボカドやベーコンと合わせた洋風サラダも気軽。
バジルは、育てたぶんだけ使い道が広がる優等生。
ジェノベーゼソースはバジルとチーズ、ナッツ、オイルをミキサーにかけるだけで、十分ほど。
パスタ以外にも塗って添えて、と万能です。
トマトとモッツァレラを重ねたカプレーゼは、
火を使わないのが夏にありがたい。
余ったらパンに塗るバジルペーストにすれば、大量消費まで一直線。
リーフレタスは、まずサラダ。
それからチャーハンや炒め物に強火でサッと加えると、
シャキシャキが残ってさっぱり仕上がります。
夏でも鍋をする人は、仕上げに放り込むのもおすすめ。
小松菜はおひたし、レンジで作る簡単副菜、
それから肉や魚と合わせたボリュームおかずへ。
副菜からメインまで movable な、頼れる葉っぱです。
ベビーリーフとスプラウトは、ミニトマトと合わせた彩りサラダが王道。
紫玉ねぎを足してマヨネーズとオリーブオイルで和えると、
それだけで食卓が明るくなります。
人が来る日は生ハムやアスパラを添えて。
夏だからこそ、水を見てあげる
ひとつだけ注意を。
水耕栽培に向いた水温はおよそ15〜25℃で、25℃を超えると水中の酸素が減り、根腐れや病原菌が動きやすくなるとされています。
だから夏は、水替えを週1回以上。
豆苗のように傷みやすいものは毎日替えるのが安心です。
空気を送るエアレーションがあれば、なおよし。
強い光が当たると容器の中に藻が出やすいので、
アルミホイルで容器を巻いて遮光してあげるとぐっと楽になります。
酷暑の日は種そのものが発芽しにくい野菜もあるそうなので、
置き場所は室内の明るいところか、午前だけ日が当たる場所を。
最初の一株は、豆苗で
もし今日から何か始めるなら、私は豆苗の再生栽培を推します。
種も苗も要らない。容器と水だけ。一週間ちょっとでもう一度採れる。
しかも「水は根元だけ浸す」「毎日替える」というコツがはっきりしていて、失敗の理由が自分で分かる。
コツをひとつだけ。切るときは脇芽を残して。
豆のすぐ際で切ってしまうと成長点がなくなって、再生が遅れたり、
そのまま止まったりします。
こうして切れ端から育て直すことを「リボベジ」と呼ぶそうです。
切り口を爪楊枝で三点留めして水に浮かせると、
底に密着せず通気が保たれてカビにくい、なんて小技もある。
生ごみが一株の野菜に変わるのは、
思っていたよりずっと楽しい遊びでした。
むすび
夏の暮らしは、思っていたよりずっと「待ち時間」でできていました。
水出しの八時間も、豆苗の七日間も、
待っているあいだ私は何もしていない。
けれど待ち方には理屈があって、豆の焙煎度をひとつ変えるだけ、
水を毎日替えるだけで、待った先の味がまるごと変わる。
だから今夜は、ふたつだけ。 冷蔵庫に中深煎りの中挽きを仕込んで、台所の窓辺に豆苗の根元を置いてみてください。
明日の朝と、来週の食卓。待ち時間が、ちょっと楽しみになります。
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