いま、村山談話を読む ――信義という言葉に寄せて
1990年代半ばに首相を務めた村山富市さんが亡くなられた。
子どもの頃に見たテレビの映像を思い出した。うちの祖父と雰囲気が似ていて、優しそうなおじいちゃんという印象があった。
戦後50年に出された村山談話のことが気になり、改めて全文を読んでみた。
敗戦後、平和と繁栄を遂げることができたことに対する国民への敬意と、世界の国々からの支援と協力への深甚な謝意。アジア太平洋近隣諸国、米国、欧州諸国との間に友好関係を築き上げるに至ったことへの、心からの喜びが記されている。
平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。
私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。
【中略】
いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
【中略】
敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。
【中略】
「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。
「ややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります」
本当にそのとおりだ。戦後50年の節目の言葉は、普段以上に実感を伴い、胸に応えた。
「戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないこと」
「杖るは信に如くは莫し」(よるはしんにしくはなし)
村山首相とともに仕事をした政治家、官僚は、温かいまなざしと懐の深さからくる安心感があったと口をそろえるという。
村山談話は、保守とリベラルの双方から引用されることも多いが、改めて全文を読んで感じるのは、素直に歴史の教訓に学び、未来に向けて平和を継承しようとする誠実な姿勢だ。
社会のあらゆる場所、場面で信義が軽んじられることのある現在。
そのような時代だからこそ、底根の部分に信義を持つことの大切さを、静かに留めておきたい。
