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「自分は死なない」と思うのはなぜか── Identityを守る「否認」の幾何学【第2回】

── Identityを守る「否認」の幾何学【第2回】

死の五段階モデルの最初に現れるのは
**否認(Denial)**である。
末期患者の多くは、最初にこう言う。
「それは何かの間違いです。」
「検査結果が違うのでは?」
「私はまだ死ぬはずがない。」
これは単なる心理的防衛ではない。

DGSの視点から見ると、否認とは
存在の構造を守るための必然的な操作である。

Identityという構造
私たちは普段、世界をある枠組みの中で理解している。
私は生きている
明日がある
世界は続く
この枠組みをDGSでは
Identity圏と呼ぶ。

それは自分という存在を中心に組み立てられた
世界理解の構造である。
この構造があるからこそ、
私たちは日常を安定して生きることができる。
死は「構造の崩壊」である
ところが死の宣告は、この構造そのものを破壊する。

突然、世界の前提が崩れる。
未来が消える。
時間が止まる。
世界の意味が変わる。
つまり死とは、世界の情報ではない。
それは
存在圏そのものを揺るがす出来事
なのである。
否認とは「射の遮断」である
圏論的に言えば、

図:否認期の構造(死の射をIdentity圏が遮断する)

対象=存在
射=関係、意味、理解

死の宣告は
世界から自分へ向かう新しい射である。

世界 → 私
   死

しかしその射が入ると、Identity圏が崩壊してしまう。そのため人は無意識にある操作を行う。
それが
射の遮断
である。

つまり否認とは、「その情報は入らない」
と構造的に拒否することで
存在圏を守る操作なのである。
否認は「間違い」ではない

ここで重要なのは、否認は未熟な反応ではない
ということである。
むしろ逆だ。
もし人が、いきなり死を完全に理解してしまったら
世界の構造は一瞬で崩壊する。
日常は維持できない。
否認はその崩壊を防ぐための
緩衝装置
なのである。

曲線はここから始まる
死の五段階は階段ではない。
それは
存在の曲線である。

否認は、その曲線の最初の湾曲だ。
Identityを守ろうとする力が働き、
世界から来る射を一時的に遮断する。
しかし、その射は完全には消えない。

やがて圏の内部で別の形に変換される。
それが次の状態、
怒り
である。

次回は
**怒り(Anger)**を扱う。
死の知らせが、なぜ怒りへと変わるのか。
それは感情の爆発ではない。

圏論的に言えば、それは
遮断された射の散逸
なのである。
世界に向けて
意味のベクトルが放射され始める。

そこで初めて
死の曲線は大きく動き始める。


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