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誰かの傘が、少しだけ私にかかっていた

朝、テレビには高齢者がロマンス詐欺に遭ったというニュースが流れていた。

そんな話は、自分には縁のない世界だと思っていた。
誰かに心をときめかせるような毎日ではない。
そう思っていた。


ところがそうでもない出来事に遭遇した。

その日は朝から曇っていた。
清掃の仕事が終わった頃から雨が降り出した。
窓の外のすぐ下に喫煙所がある。
そこに置かれている椅子に雨粒が勢いよく叩き、白く弾ける。
その弾け具合で雨の強さが想像できた。

少し待ってみた。
しかし雨足は弱まらない。
作業中の5分はすぐなのに、こんな時の数分は進みが遅く感じられる。

私は仕方なく傘を広げた。
そして、右手にゴミ袋を2つ、左手に1つと傘を持ち、歩き出した。

種類ごとに集めたごみは、最後に近くの本社のゴミ置き場まで歩く。

晴れの日は石垣を眺めたり、側溝のそばに咲く雑草に目を向けたりしながらのんびり歩く。

しかし、どしゃぶりの今は、道路のくぼみにたまった水を避けても避けても、スニーカーはすぐに濡れてしまった。
傘とゴミ袋を同時に持つのは思った以上に難しく、右肩は雨で冷たく、制服が肌に張りつく。
せめて左側だけでも濡れないようにと思いながら歩く。

「お疲れ様です」

同じ色の制服を着た男性二人に挨拶をしながらすれ違う。
ここは2丁目から5丁目まで同じ会社の敷地だから、すれ違う人はほぼ同じ会社の人だ。


変な持ち方をしていたから、右手の指はじわじわと痛くなってきた。
でも持ち替えるには一度全部のゴミ袋を下ろさないといけないからそれはできない。


あと少し。
がんばれ私。

そう自分に言い聞かせながら歩き続けた。


ようやくゴミ置き場に着いた。

私はペットボトルの入った袋を大きな箱に入れようと持ち上げた。
その時後ろに人の気配を感じた。
今まで必死に歩いていたから気がつかなかった。

左手に持っているその指を離したら袋が落ちるのだが、うまく指から落ちない。
指の間隔がなくなっていて、思い通りに動かない。

後ろの人が少し動く気配がした。

急がなきゃ。

焦って傘を持ち替えようとしたらすうっと袋が落ちた。


ふう。


「すごいどしゃ降りですね」

物腰の柔らかそうな声がした。

私はその声で自分だけの世界から抜け出し、周りを見れるようになった。

なんと後ろに並んでいたと思っていた人は、私の右側に傘をかけていてくれたのだった。
しかも彼はゴミを捨てに来た人ではない。

恐らく土砂降りの中を歩いている私を、気の毒に思ったのだろう。
青い制服で長髪をうしろで結っている彼は、少しだけキムタクに似ていた。
50代くらいか。

その瞬間、胸が小さく鳴った。
忘れていた感情だった。


私は軽くお辞儀をしてその場を去った。


朝に見たロマンス詐欺のニュースを思い出し、一人で少し笑う。

あらあら。

私も気を付けないと、だ。





誰かの傘が、少しだけ私にかかっていた

毎日note連続投稿2638日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。

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