言葉の間に書かれていない台本
テレビを見ていて、「この会話、ずいぶん上手くできているな」と思うことがある。
司会者が問題を出す。
誰かがひとこと答える。
すると司会者が気の利いた言葉を返す。
今の人の言葉を含みながら、別の人へ話を振る。
別の人が答える。
司会者がその話にちょっとしたウンチクを添える。
「なるほどー」
周りの人が大きくうなずく。
会話が途切れない。
見ているこちらも、なんとなく安心する。
台本があるのだろうな、と思う。
なければ誰かが話を独り占めしたり、話が横道にそれたりするかもしれない。
そんなことを考えていたら、遠い日のことを思い出した。
私は65歳で会社を定年退職した。
そこでは経理や財務、決算、給料計算、年末調整、総務などを担当していた。
在職中には、3人の社長に仕えた。
その中で、S社長に仕えた15年間は、秘書のような立場にいた。
私は決算の時期になると、取締役会や株主総会の末席に「事務方(じむかた)」として座っていた。
取締役でも株主でもない私がそこにいるのは、社長の指示だった。
社長が決算書を見ながら私に質問する。
「この勘定科目の金額の内容は?」
私は答える。
いくつか質問が続き、私はそれに答える。
すると周りの人が、
「なるほど」
と、ゆっくり首を縦に振る。
それで質疑応答は終わる。
毎回、そんな具合だった。
実は、事前にレジュメができていた。
社長から、
「私がここを質問するから、こう答えてほしい」
と言われていたのだ。
だから、私は決算書を見ながら答えを準備していた。
それでも、少し緊張した。
「もしかしたら、予定にないことを聞かれるかもしれない」
そう思って、関係しそうな資料まで机の上に置いていた。
しかし、社長はいつも予定どおりに質問した。
用意した資料は、一度も出番がなかった。
今思えば、あれも一つの台本だった。
決算書を見ても、質問する人はほとんどいない。
数字が並んでいても、何を聞けばいいのか分からないのだろう。
だから社長は、みんなに知ってほしい項目を選んで私に質問した。
私は事務方として答える。
そして、みんなが「なるほど」とうなずく。
それだけのことだった。
けれど、人前で話す私は緊張していた。
台本どおりに話せばいい。
そう分かっていても、簡単ではなかった。
声の大きさはこれでいいか。
言い間違えてはいないか。
そんなことを気にしながら答えていた。
それでも、今振り返れば、いい経験だったと思う。
テレビの会話を眺めながら、そんな昔を思い出した。
もしかすると、あの番組にも台本があるのだろう。
国会の答弁も、そうなのかもしれない。
「討論会」と呼ばれていても、すべてがその場で生まれた言葉とは限らない。
「この人の考え、すごいな」
感心しながら見ているが、もしかしたらその言葉は、台本を作った誰かの言葉かもしれない。
言葉の間に、書かれていない台本があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はまたテレビを見ていた。
言葉の間に書かれていない台本
毎日note連続投稿2671日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。
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