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人生に法則はあるのだろうか

人は、何かが続くと意味を探したくなる生き物だ。
偶然を「縁」と呼び、重なった出来事を「運命」と呼ぶ。
そして、忘れてしまえばいいようなことまで、
心のどこかにしまい込んでしまう。


私にも、長い間気になっていたジンクスがある。

それは還暦前後に家族が亡くなるというものだ。

きっかけは弟だった。

小学生から高校まで野球を続け、社会人になると社会人野球のチームに入ったほどの野球好きだった。
日に焼けた肌に、鍛え上げられた体。
「趣味は体を鍛えること」と社内報に紹介されるほど健康そのものだった。


そんな弟が、ある日から体調を崩した。
街の病院では「異常はない」と言われ、
病院を変えても原因は分からなかった。

ようやく大学病院でたどり着いた診断は、急性骨髄性白血病だった。
しかも、末期。
余命は一か月、長くても三か月と言われた。

そして、その言葉どおり三か月後、弟は息を引き取った。




父は農家だった。
田植えと稲刈り以外の季節は、県外に出稼ぎに出て、
何十年も同じ工場で働いていた。

家にいる日は年に数えるほどだった。
私は照れくさくて、父とどう話せばいいのか分からなかった。


還暦を迎えた年、父は仕事を辞めた。
父がいない期間、母は田んぼの草をとったり、畑で家で食べる分の野菜を作っていた。

これからは母と二人で田んぼに立ち、畑を耕し、ゆっくり暮らしていこう。そんな時間がようやく始まるはずだった。

しかし、その年、跡取りと期待されていた長男(私の弟)が亡くなった。
季節だけが変わり、両親と私の三人家族の時間は、止まったままのようだった。


+++

とても親しくしていた親戚のおじさんが
数か月の闘病の末に亡くなった。
定年予定の還暦を数日後に控えていた日だった。


+++

その後、私が家の跡を継ぎ、夫が我が家に来た。
三人の娘たちに恵まれ、毎日が活気づき、そして慌ただしく過ぎて行った。


やがて父を見送り、母はアルツハイマー型認知症になった。
初めての介護に戸惑いながらも、
私たちは自宅で10年と10日間、母と一緒に暮らした。

農作業で鍛えられた母の体は丈夫で、
認知症以外はどこも悪くなかった。

そんな母はある日、自宅のトイレで意識を失い、
そのまま静かに旅立った。


母の一周忌を無事に終えたころ、夫が還暦を迎えた。
専業農家の夫と会社員の私。
そして三人の娘たちもそれぞれ歩き始め、
「これからはまた新しい暮らしが始まるのだ」と、
どこか穏やかな気持ちになっていた。

両親を見送り、介護も終えた。

「もうしばらく葬儀とは縁がないね」
と私は夫に笑って言った。。


しかし、その年、稲刈りの機械をしまい終えた頃、
夫は何の前触れもなく、急逝した。



あの日から、「還暦」という言葉を耳にすると、
心のどこかが少しだけざわつく。


人は悲しみを経験すると、出来事に意味を探してしまう。

もちろん、そんなジンクスに根拠はない。
分かっている。

それでも人生を振り返ると、
不思議なくらい出来事が重なることがある。

だからといって、それに縛られて生きていく必要もない。
忘れていいジンクスは、きっとある。


それが幸せにつながるのか、
不幸につながるのかは、その時には分からない。

人生は、振り返る時期によって、
意味が違って来るのかもしれない。




人生に法則はあるのだろうか

毎日note連続投稿2626日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。


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