母が教えてくれた「きれいな朝ほど、気をつけなさい」
朝焼けがとてもきれいな朝は、少し気をつけた方がいい。
子どもの頃、母がそう教えてくれた。
「朝のテカテカ、〇〇のニコニコ」
〇〇とは、母の父である祖父の、二度目の妻のことだ。
「テカテカ」とは朝焼けの意味。
朝焼けはきれいだ。
でも、そのあと天気が崩れることがある。
きれいに見えるものほど、少し気をつけなさい。
そういう意味だった。
母は農家の跡取りだった。
祖父は田んぼを何丁も持っていた。
小作人たちが弁当を片手に毎日のようにやって来る家だった。
母の母、私にとっての祖母は病弱で、母がまだ小学生の頃に亡くなった。
祖母は何人も子を産んだが、生き残ったのは母と伯母だけだった。
だから母たちは、幼い頃から農家の働き手になった。
やがて母は結婚し、姉が生まれた。
その頃母は、家の跡取りだった。
父は跡取りの婿として、その家に入った。
母が子どもを産むと、農作業の手が一人減る。
そこで祖父は、家のことをしてもらうために再婚した。
写真を見て結婚が決まり、初めて会ったのは祝言の時。
それが当たり前の時代だった。
しかし、思っていたようにはいかなかった。
義祖母は面倒くさがりな性格で、掃除や片づけが好きではなかった。
料理も得意ではなく、気が短く、家の中はいつも散らかっていた。
壁には箒が下がっていた。
でも、それで畳を掃いている義祖母の姿をほとんど見たことがない。
その箒が使われるのは、お尻をたたかれる時くらいだった。
家政婦を雇うようなつもりで結婚した祖父の失敗である。
母は出産を終えると、また農作業に戻った。
赤ちゃんは、藁で作った入れ物に入れられ、田のくろに置かれていたそうだ。
母は仕事の合間に、そこへ行って乳を飲ませていた。
凄い時代だったと思う。
祖父の失敗は、もう一つあった。
義祖母(40代)が妊娠したのだ。
やがて男の子が生まれた。
母にとっては弟になる。
それまで跡取りだった母に代わり、その男の子が跡取りになった。
祖父は私たちを可愛がってくれた。
ときどき、お金をくれた。
義祖母に見つからないように、こっそりと。
ある日、祖父は街へ出掛けるところだった。
出掛ける際、庭の木の陰に私を呼んだ。
そして、五円玉を握らせてくれた。
「ありがとう」
私は笑って、祖父を見上げた。
祖父は優しい目をしていた。
大きな手で、私の頭をなでてくれた。
私は祖父が大好きだった。
でも、その様子を義祖母は見ていたらしい。
祖父が出掛けたあとだった。
「さっき貰ったお金を出しな!」
私は、手のひらの五円玉をしぶしぶ渡した。
数年後、父、母、私たちは実家を出て、借家暮らしを始めた。
暮らしは貧しかった。
しかし、義祖母に怒鳴られたりお金をまき上げられることが無くなり、
私たちは平穏な気持ちを取り戻した。
義祖母の写真を見たことがある。
女優さんのような、面長の綺麗な人だった。
祖父はこの写真に未来を託したのだろう。
しかし、義祖母は、きれいなのは表だけで、心は蛇のような人だった。
朝焼けがきれいな朝、母の言葉を思い出す。
「朝のテカテカ、〇〇のニコニコ」
きれいな朝焼け。
にこにこと笑う人。
どちらも、一見すると悪くない。
けれど、その向こうに何があるのかは、少し時間が経たないと分からないこともある。
母が残してくれたこの言葉は、娘たちにも伝えてある。
母が教えてくれた「きれいな朝ほど、気をつけなさい」
毎日note連続投稿2675日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。
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