介護は、遠くにあると思っていた
孫のおむつを替えていた時、ふと、母の介護をしていたころを思い出した。
アルツハイマー型認知症の実母を、私たち家族は、自宅で介護した。
あの頃、日中は農家だった夫が母を見てくれた。
娘たちもおばあちゃんに薬を飲ませたり、紙パンツを履かせてくれたりした。
また、おばあちゃんが一人で家の外へ出てしまわないよう、気を配ってくれていた。
家族に助けてもらったから、フルタイムで働いていた私は会社を辞めることなく介護ができた。
これまでの人生。
跡取りの私は
弟
父
独り身の伯母
母
夫
5人の家族を見送った。
残っているのは、私と三人の娘たちだけになった。
母が亡くなってから、10年と10日が過ぎた。
そのせいか、今でも介護の記事には自然と目が行く。
介護の真っただ中にいる人たちの記事を読みながら、最近、介護に対して自分の気持ちが少し変わってきたことに気づいた。
母を介護していたころは、母と似た症状の人はいないかと探していた。
母より重い症状の方の記事を読んでは、これから母はどうなっていくのだろうと、先のことを想像していた。
母が亡くなってから数年間は、記事を読むと、
「母もこうだったな」
と、母の姿を重ねていた。
介護は少し遠いものになっていた。
そんな私も、65歳で定年退職した。
今は清掃のパートに出ている。
そして、初孫が生まれた。
かつての母のように、私も孫の世話をきびきびする。
と言いたいところだが、そうもいかない。
最近、右手の握力が極端に弱くなった。
孫を抱き上げる時も、手元に十分気をつけないと危ない。
おむつを替える時も、孫のお尻を持ち上げることが難しい。
もたもたしている私を見て、娘が代わってくれる。
頼りないおばあちゃんだ。
そんなこともあって、介護の記事を読むと、今度は母ではなく、自分を重ねるようになった。
「やがて私も、こうなるかもしれない」
介護は遠くに退いていた。
それが、また少し近くなってきた気がする。
今度は私が介護をされる側になるかもしれない。
私が、介護が必要となった時、娘たちはどうするだろうか。
出来れば、娘たちには面倒な思いをさせたくはない。
でも、もしできることなら、住み慣れた我が家で暮らしたい。
でも。
そんなことを考えながら、今夜も目を閉じる。
介護は、遠くにあると思っていた
毎日note連続投稿2676日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。
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