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最初の人だけが知っている景色

朝、台所に立った瞬間、思わず息をのんだ。

窓から差し込む光を受けて、シンクが静かに輝いていた。
蛇口には水滴ひとつ残っていない。
洗った食器を置くカゴも一本一本きれいに磨かれ、まるで空気まで澄んで見えるようだった。

昨夜、寝る前に二女が私に言った。

「こんなに汚いシンクなんて信じられない。後で掃除しておくね」

「ごめん。ありがとう」

生後六か月の赤ちゃんの世話で寝不足なはず。
それなのに私が後回しにしていたシンクを、黙って磨いてくれると言う。

私は娘に感謝の言葉を言って眠りについた。


翌朝、シンクの前に立ち、ハッとした。
その美しさを目の前にして、胸の奥がじんわりと温かくなった。

掃除をした人には分かる景色がある。
磨き終えたばかりの静けさ。
光を映す水回りの清らかさ。
その感動を味わえるのは、たぶん最初に目にした人だけだ。

「ありがとう。見違えたね」

そう伝えると、娘は少し照れたように笑っていた。


---
私は清掃のパートをしている。
毎日、水浸しになった洗面台を拭き上げる。
ボウルを磨き、蛇口を光らせ、石鹸受けもケースの中まで洗う。

最後は腰をかがめ、角度を変えながら拭き残しがないか確かめる。
ずらりと並んだ洗面台を見ると、やっぱり気持ちがいい。

きれいだ。
でも、そう思う時間は、ほんのわずかだということも知っている。


昼休みになると、廊下の向こうからたくさんの足音が聞こえてくる。
仕事を終えた人たちの、少し軽くなった足取りだ。
その途中で洗面台が使われる。

蛇口をひねれば水ははねる。
きれいに並べた石鹸箱は少しずつ向きを変える。
ほんの数分前まで整っていた景色は、何事もなかったように変わっていく。


そんなものだ。

私は廊下でゴミを集めながら、ときどき耳を澄ます。

「ああ、きれいだな」

そんな声が聞こえることは、ない。
少しだけ寂しい気持ちになる。



昼になれば、洗面台はまた水で濡れる。
石鹸箱も少しずつ向きを変える。

それでも今朝のシンクを思い出すと、磨きたての景色を見つけてくれる人が、どこかにいるかもしれない。




最初の人だけが知っている景色

毎日note連続投稿2652日目
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※優谷美和さんの画像をお借りしました。


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