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50代、1年間立ち止まって考えたこと|退職して「主夫」になるまでの気付き(前編)

こんにちはTwomasと申します。
自分のことは簡単に自己紹介で書いています。

以前勤めていた会社を退職してから、ちょうど1年が経ちました。

50代での大きなキャリアの選択や、人生の優先順位を見つめ直す時間は、早いようでいて長く、とても濃密なものでした。

「なぜ仕事を辞めたのか?」 当時は一言では説明しきれなかった決断ですが、1年が経った今、自分の思考を整理する意味でも、その背景にあったいくつかの要素を言葉にして書いてみようと思います。

人生の転機や、家族・パートナーとの向き合い方に悩んでいる方にとって、何か小さなヒントや共感になれば幸いです。
よろしければ少々お付き合いください。

辞めた理由への答え方

本当に今考えると「1年経ったのか。」と、不思議な時の流れを感じます。

僕は退職に向けて前から計画して、行動に起こしました。
実際には間際で予期せぬスケジュール調整がありましたが、
周囲には辞める雰囲気を出さずにいたので、突然の出来事だったかもしれません。

「えっ、何で辞めたの?」

当時は当然ながらいろいろ聞かれました。
ただ多くの要素が複雑に絡みあって決めたこともあり、聞かれた相手によって説明の切り口を変えていました。

同時に「あえて他人にすべてを話すこともないな。」と思っていたので、
きちんと理由を知っている人は、あまりいないかと。
正直なところ、僕自身まだ完璧に説明しきれないと思います。

辞めた理由を、改めて整理してみる

noteでは、これまで「主夫」になったことは何度か触れてきました。
しかし、あまり会社退職自体については触れなかったと思います。
(皆さんには興味ないかもですが…。笑)

ただ、知らない人同士が文章を通じて繋がるのがnoteという場所の魅力でもあります。自分の思考を一度整理するためにも、ここで言葉にして書いてみるのもいいかなと思い始めました。

理由を整理してみると、大きく以下の4つの要素に分けられます。

  1. 大きな背景
    生活拠点と制度

  2. 自分のこと
    年齢・キャリア・家族

  3. パートナーのこと
    ビザ・キャリア・将来

  4. 勤務先のこと
    環境・制度・方針

これらが同じ時系列の中で複雑に絡み合っていたことが、
自分の中で思考をややこしくさせていた理由でした。

1. 大きな背景

まずは、大きな背景について。
僕は現在、長年過ごした海外から日本に戻って生活を送っています。
最後にいた国では、永住権も取得して本来は長い間過ごす予定でした。
諸事情で一度帰国しましたが、またいずれ戻る予定でした。

しかし、永住権といえど国外に長期間滞在して維持し続けるのは容易ではありません。日本滞在用の許可証を取得して更新を繰り返していましたが、いずれも有効期限がやってきます。
これ以上の再延長には以下のような負担やリスクが伴いました。

・費用
 更新費用は勿論、手続きための渡航費用や移民弁護士への費用も。
・時間
 
書類準備もそうですが、直接申込みに行く時間。
 急なアポイントメントに呼ばれれば対応も必要です。
・精神的ストレス
 
そしてこれが一番大きかったと思います。
 悪いことしていなくても出入国ではストレスたまります。

「できれば今度こそ、期間内に移住を済ませておきたい。」
そういう強い思いでずっと過ごしていました。
その為、最も確実な方法として考えていたのは、当時の勤務先での「社内異動制度を使った海外拠点への異動」でした。
オープンポジションは従業員も多く利用して異動していますし、永住権を持っていることはメリットでした。

2. 自分のこと

次に、僕自身の状況についてです。

・年齢と今後の生活 
 
50代になると、医療制度と老後の過ごし方も現実的な問題。
 「最後はまた日本に戻るか?または余生も移住先で過ごすのか?」
 医療費や年金の仕組みも大きな要素です。
キャリアの壁
 
当時は営業職。
 20-30代とは違い、役職もキャリアプランもだいぶ変わります。
 社内異動なら多少のキャリア方向変換も認められますが、
 他社への転職となると、リスクや経験値含め容易ではない。
日本
 
母国である日本。食や文化も含めて素晴らしい国。
 しかし、周囲や世間に合わせる感が強く感じる国民性は、時に閉塞感も。
 もちろん、各国での良さ・難しさがあります。
家族への想い
 
親も高齢になり、心配な要素。
 この期間に父を亡くしたこともあり、母が気がかりです。
 妹は「僕が好きにしたいように生きるのが一番。」と言えど、
 既に長い間海外へいる間に妹に任せていたところもあり、
 今から再度海外へとなれば、もう無責任にはなれません。
パートナー
 
こちらは次で触れます。

3. パートナーとのこと

そして、もう1つ非常に悩ましい問題もありました。
それは「パートナーと一緒に移住できるか」というポイントです。

パートナーは同性、そして他国の外国籍です。
その為、「日本で結婚して一緒に移住する」ということはビザの問題含めて不可能でした。

そこで一緒に移住を踏まえて起こしたアクションとしてやったことは次の内容です。

・パートナーに対するビザ申請について調査
 ・移民弁護士とのコンサルテーション
 ・自分たちでの調査
・移住先となる国での「同性婚」手続き
 
尚、同性婚へのプロセスについては、下記マガジンにて書いております。

そして移住先が同性婚を認めていたことは大きな要素でした。
ただ、だからと言ってすぐにパートナーが移住できるわけではありません。それからビザを申請しても数年はかかります。
それでも何もせずに数年経ってしまうよりは、少しずつアクションを起こしたほうが良いかと進めていました。

一方で、彼の日本での仕事は順調です。
勤務先の立場も安定して、昇給もして、やりがいも感じている。
あと数年日本で過ごせば永住権の申請基準を満たせるというタイミングでもありました。
ただこの先、政府がどのような変化をもたらすか懸念ではありますが…。

そのため、彼にとって移住は大きな決断を要するものでした。

・移住先で転職後、万が一のことがあった場合のキャリアプラン再形成
・もし将来日本に戻ることになった場合、リセットされた在留期間の再構築

僕の立場で考えても、これらは非常に重い問題です。
だからこそ二人で何度も話し合いました。彼は僕の「移住したい」という気持ちを常に尊重してくれつつも、現実的な懸念と向き合ってくれていました。

かといって、「別れる」という選択肢も「離れて暮らす」という選択肢も、僕たち二人には到底考えられませんでした。
結果として、「まずは移住という選択肢がどこまで現実化できるか、行けるところまでやってみよう」という結論に至りました。

長期的な計画として不十分だと言われればそうかもしれません。それでも、僕の気持ちを正面から受け止め、一緒に悩んでくれた彼には感謝の気持ちでいっぱいです。

ここまでは背景やプライベートの葛藤について書いてきました。 次回は、もう一つの大きな要素であった「勤務先と決断」について書いてみたいと思います。

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