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短編小説『カルマ―共犯者たち―』

「2年2組の篠宮しのみや華凛かりんさんが、先日亡くなりました」

 全校集会の場で校長は、声を震わせながらそう告げた。周りの生徒が、私たちのクラスの列に目を向けているのが分かった。
 教室に戻った後、誰かが言った。

「絶対、森口の呪いだよね」

私たちは、誰もそれを否定しなかった。みんなその通りだと薄々勘づいているようだった。

「篠宮の葬儀は...明日、行われるそうだ。皆、参列してやってくれ...」

 朝のホームルームで担任はそう言った。自分の生徒が亡くなったにしては過剰なまでの落ち込みようだった。やっぱり、篠宮とデキてたって噂は本当だったのだろうかとふと考えたが、不謹慎だと思ったのですぐに考えないようにした。
 家に帰って、明日クラスメイトの葬式に出るから、制服のアイロンをかけてくれと母親に頼んだ。

「そういえば、美弥のクラス、前にも亡くなった子いなかったっけ?えーっと、あの、森口、涼子ちゃん?立て続けに生徒さんが亡くなって、担任の先生や学校も大変だろうねぇ」

「そうだね」

私はできるだけ落ち着いた様子で返した。母の口から出た「森口涼子」の名前に、私は嫌な記憶を掘り返されそうになった。学校側は森口涼子の死について、多くを公表しなかった。それでも私たち2年2組の人たちは皆きっとその真相を分かっているはずだった。

***

 篠宮の葬儀には溢れんばかりの生徒が集まった。さすが学校一の人気者だなと思った。焼香の際に挨拶をした篠宮の母親は彼女に似た美人さんだった。否、彼女がこの母親に似ているのだろう。横に座る父親はすっかり消沈しきった様子だった。
 焼香を終えて、元の席に戻ると棺の辺りが騒がしいことに気付いた。よく見ると、担任が人目も憚らず棺の前で泣き崩れていた。周りにいた生徒に何とか立たせられたが、それでも涙は収まっていなかった。

「生徒思いの素敵な先生ね」

私の斜め前の席にいた女性たちがそんな話をしているのを私は黙って聞いていた。 斎場を出て家に帰ろうとした時、反対側の道に見覚えのある人影が見えたが、誰だったか思い出せないまま、信号が青に変わり、私は歩き出した。

***

 それからしばらくの間担任は学校を休んだ。副担任が代わりにホームルームを担当した。副担任は担任について詳しいことは話そうとはせず、

「先生は体調を崩されているようだ」

とだけ言って、話を切り上げた。そんなぼんやりとした説明で私たちが納得しないことは、彼にも分かっているようだった。森口涼子、篠宮華凛の死に続き、今度は担任。徐々にこのクラスが壊れ始めているような感覚があった。いつまでこんな不穏な生活が続くのだろうと不安になりながら窓の外を眺めると、ちょうど大きな雲が太陽を隠すところだった。
 篠宮の葬儀から一週間が経った頃担任が学校に戻って来た。

「心配をかけて申し訳なかったな」

朝のホームルームで私たちに謝った担任は、最後にあった時よりだいぶ痩せこけているように見えた。目には明らかに元気がなく、何かに怯えているような雰囲気すらあった。
 復帰はしたものの、担任の調子は全くもって良いとは言えない状態だった。板書している時の右手は震えていて、文字はあまりにも弱々しく見えた。途中で限界が来たのか、

「すまない、残りの時間は自習にしてくれ」

といって一人保健室に駆けていくこともあった。皆ははじめこそ真面目に自習をしようとしていたが、徐々に

「担任が様子おかしいのって、絶対篠宮の影響だよな」

という話し声が聞こえ始めた。

「先生、早く元気になるといいよね」

と、隣の席の莉子ちゃんがそう言ってきたので、私は静かに頷いた。
 その日は私が日直だったので、放課後担任のところに学級日誌を持って行こうとすると、職員室に彼の姿はなかった。どこに行ったのかと校内を探し回っていると、三階の空き教室で一人うずくまっているのを見つけた。

「すみません、すみません、すみません......」

担任は、誰もいない教室に向かって謝り続けていた。私も視線をその先へ向ける。
薄暗い教室の奥に、制服姿の誰かが立っているように見えた。瞬きをした。そこにはもう、誰もいなかった。私は怖くなって、日誌をその場に落として、足早にその場を去った。
 担任が交通事故に遭ったという話が舞い込んだのはその次の日だった。幸い、一命は取り留めたとのことだった。

「先生はしばらくは戻ってこれません」

副担任は涙ながらにそう告げた。この先生も色々問題に巻き込まれて大変だなと他人事のように思いながら教室を見渡すと、入り口に、制服姿の女子生徒が立っていた。一瞬、森口だと思った。目を擦ってもう一度見てみると、もうそこには誰もいなかった。最近、こんなことが多いな。ふと、そう思った。

 いつも通り部活を終えて駅までの道を歩いていると、普段渡る信号のところに、女の子が一人立っていた。暗がりの中で街灯に照らされた彼女は間違いなく森口涼子だった。

「え?森口さん?」

うっかり声が漏れてしまった。すると、彼女は私の声に気づいたのか、ゆっくりこちらを見てきた。

「美弥ちゃん...久しぶり」

彼女はそのままこちらに少しずつ歩み寄って来た。

「なんで、森口さんここにいるの?あなた、だって」

「だって数か月前に亡くなったでしょ」そう言おうと思って言葉が詰まった。ふと、彼女の足元を見ると、そこには影がなかった。気づくと彼女は私の目の前まで来ていた。

「なんで、私がここにいるのかって顔してるね」

そう言いながら森口は静かに笑った。私にはその顔がひどく不気味に見えた。

「美弥ちゃんは、私が何で死んだか知ってる?」

急に核心を突くようなことを彼女は聞いてきた。

「え、し、篠宮さんにいじめられた、から?」

そう答えると、森口はそっと頷いた。

「そうね。概ねその通りだわ。でも、それだけじゃない」

その瞬間、大型トラックが横を通り過ぎて強い風が吹いた。私の髪は乱れたのに、森口はまるで微動だにしなかった。風が弱まると同時に森口は口を開いた。

「私はあなたたち2年2組に殺されたの」

私は何も言えなかった。森口は静かに目を伏せた。

***

-篠宮が私のことをいじめているのは、もう同じクラスにいれば誰でも分かるレベルだと思ったわ。私物を隠されるのは日常茶飯事。壊れてないだけマシだった。グループLINEでの執拗な悪口。人のいないところで殴られたこともあったな。とにかく、言い続けるとキリがないかもしれない。
 でもね、私が辛かったのは、彼女からのいじめよりも、分かってるはずの周りが誰も助けてくれなかったことよ。篠宮の友達は皆彼女の周りで私のことを笑っている。そうじゃない人たちは、それを見て見ぬ振りをして止めてやろうともしてくれなかった。もちろんあなたもね。
 担任に助けを求めたこともあった。彼は私の前では

「分かった。俺が何とかしてやる。今まで辛かったな、もう安心していいぞ」

と言ってくれた。でも、私は見てしまった。その日の放課後、皆帰ったはずの教室から話し声が聞こえたの。そっと覗くとそこには担任と篠宮がいた。

「華凛、あんまり森口いじめるなよぉ。俺が巻き込まれるだろ」

それは説教とは思えないほど、甘くてだらしない声だった。そのまま、二人は抱擁して口づけをしていた。その瞬間、私は絶望した。私の味方は誰もいないんだって気づいた。
 あの日から、学校へ行く理由がなくなった。誰に助けを求めても無駄だと思った。だから私は自分で命を絶った。そうすれば、篠宮のいじめが公になって復讐ができると思った。でも、そんなことは起こらなかった。私は単に若くして亡くなった哀れな女の子として、名前を残すだけだった。
 篠宮一人が私を殺したんじゃない。あなたたち全員が私を殺したの-

***

「だから、私はあなたたちに復讐するためにここにいるの」

最後にそう付け加えた森口からは狂気と殺意がにじみ出ていた。私は足が震えて一歩も動けなかった。

「じゃ、じゃあ森口さんが篠宮さんも担任も襲ったってこと?」

「そういうこと。篠宮の方はちゃんと死んでくれたけど、担任の方は上手くいかなかった。もう一度殺しに行こうかと思ったけど、クラスメイトを全員殺してあいつ一人を取り残した方が、よっぽど苦しむかもしれないわね」

そう言いながら、森口は私の手首をつかんだ。離そうと振ったが、彼女の腕はピクリとも動かなかった。

「ほんとは今日は、篠宮の友達を狙うつもりだったけど、運悪く取り逃がしたみたい。でも遅かれ早かれ殺されるんだから、別の誰かを狙おうと思った」

森口がグッと私の手を引っ張ると、私は足を引っかけて転びそうになった。

「そしたら運よくあなたが私を見つけたの。ありがとうね、探す手間が省けた」

「ま、待って。私は...」

必死に森口を止めようとすると、彼女は険しい顔でこちらを睨みつけた。

「何?この期に及んで自分は悪くないとでも言いたいの?殴ってないから、悪くないとでも思ってるの?」

私は彼女の圧に押されて涙をこらえきれなかった。

「私がそうやって涙を流していた時、あなたは私に手を差し伸べてくれた?これはね、罰じゃないの。私はただ、あなたたちに返すだけ。恐怖を、苦しみを」

すると、道の奥からトラックが走って来た。森口が強引に私の腕を引こうとするのを必死に抗った結果、彼女の手からするりと私の腕が抜け、バランスを崩した私の身体が、車道に飛び出してしまった。
 けたたましいブレーキ音のすぐ後に、私の体が跳ね上がるのを感じた。運転手が駆けおりて私に声を掛けてくるのが聞こえた。道行く人の悲鳴と救急車を呼ぶ声が耳の中で響いていた。薄れゆく意識の中で、信号の方に目を向けると、そこにはもう森口の姿はなかった。

「ごめんなさい」

最後に伝えようとしたその言葉は彼女には届かなかった。

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