見出し画像

予習していくともっと楽しめる!タイのお寺巡り【壁画編2】

めちゃくちゃ久しぶりのnoteです。
大学の通学過程の講義期間が終わると、今度は通信教育課程のスクーリングが始まります。そうすっと、必修科目のスクーリングを落とす訳にはいかないので何科目も連続して受講することになり、ほぼ毎日レポートを書いてました。その上卒業論文も佳境に入ってきて、noteを続けて書くには、脳みそのスキマが無かった…
という訳で、今日は勉強モード引きずってタイ寺院の壁画についてお話ししてみたいと思います。

タイ寺院の壁画は大きな絵巻物

タイに行ったことがある方なら一度は見るであろう、寺院内の壁一面に描かれた壁画。本当に美しく、圧倒されますよね。でも何が書いてあるかよく分からんという声もちらほら。
バンコク国立博物館の日本語ガイドに参加すれば一通りの説明を受けられますが、大体は
・釈尊が生まれてから死ぬまで
・釈尊の前世の良い行い物語

がメインテーマとして描いてあります。
ここら辺は調べたらすぐに出てくると思います。

でも改めて他の寺院に行ってみたら、やっぱりよく分からん…てなりません?
壁画は大きな絵巻みたいなもので、色んな話があちこちに描いてあるように見えますが、実は読み解くコツがあります。

シーンを区切る線を見つけてみよう

壁画をよく見るとギザギザの山だったり、ヒラヒラした雲のような囲みがあります。

ギザギザの中に物語を象徴するシーンが描いてある
(ワットフアランポーン)

これを【シンタオ】と言い、場面を区切る役割をしています。
シンタオの形は時代毎に変わって、もう少し新しい時代になると、山や木々、川に変わったりもしますが役割は同じ。

ギザギザ線の無い比較的新しいバージョン
(ワットサミィアンナーリー)

この区切られた部分を見ると、どのシーンについて描かれているのかが分かります。

シンタオの形で年代を見る

さっき「時代毎に異なる」と書きましたが、実はシンタオの形や端の意匠でだいたいの描かれた年代が分かります。
アユタヤ後期は投網のような形で、端は先端がくるっと丸まった蕨とかシダ植物のような意匠です。

アユタヤ後期の形
高さもまちまちで上に伸びていってるみたい
(ワットコ)

ラタナコーシン初期からラーマ4世時代あたりは多くの寺院壁画が描きかえられ、中華風の影響を受けて雲のようなシンタオが増えたり、ギザギザ型シンタオの端の意匠も線のみに簡略化されていきます。

なみなみバージョン
(ワットスワンナーラーム)
ギザギザシンタオも端の意匠は高さが揃った房みたいな描き方に
(ワットトーンタンマチャート)

シンタオ小ネタ

元々寺院には壁画とか無くて、スコータイ時代くらいまでは仏塔内の狭い聖域に浮き彫りなんかで描かれてたそうです。
一応シンタオの役目を果たす区切りはありましたが、もっと短い唐草模様でした。
この結界石の下部に描かれてるような模様です。

下の部分に注目
(ワットコ)

それがアユタヤ時代になると、小さな「クニ」の集まりを、ひとつの「国」にまとめる必要が出てきました。そこでクメールから取り込んだ王様=民を救う菩薩という思想を民衆を教化するために、寺院の建物の中に仏伝を描くようになります。
アユタヤ時代の布薩堂は建物は小さいものの出入口以外の窓がなく、一気に描く面積が増えたので、シンタオの形も大きく発達します。

古い時代は窓がない
(ワットコ)

アユタヤ末期以降は側面にも窓が付き、それを区切りとして描くことができるようになったのでシンタオも森や川に取って変わられてしまったのかもなーと思います。

よく見るのは左右に窓があるこの形
(ワットパトゥムワナーラーム)

ということで、今日はタイ寺院壁画の区切り線「シンタオ」についてお話ししてみました。
私はまだラオスに行ったことがないので、ラオスの寺院壁画も気になるところです。

こんな面白い形のシンタオを見たよ!ということがあったらぜひ教えてくださいね。

※今回の参考文献はこちらです。興味がある方は検索してご覧になってください。
Akharawatthanakun, Phongsak. (2010). A Scene Dividing Method in Mural Painting: Late Ayutthaya to Early Rattanakosin Period. Master of Arts Independent Study, Department of Art History, Silpakorn University.

いいなと思ったら応援しよう!

UNI(ゆに)🇹🇭40代からのタイひとり旅 どうぞ応援よろしくおねがいします!頂いたチップはタイ伝統芸能影絵・ナンヤイの存続活動に寄付させていただきます。