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草間彌生をめぐるフラグメント

《其の壱》

おばさんはドット柄のカボチャに囲まれていないと息苦しくなっちゃうんだ。それを、珍しいトカゲでも見つけたような目で観るなんて、失礼じゃないか。この人はカボチャおばさんさ。偉大な芸術家だなんて、笑わせないでくれよ。

《其の弐》

外的な力学に晒されても、全くブレることのない方でして…。私共としては、フェミニズムに利用されることですら、耐え難かったのです。ましてや、高級ブランドや政治と交誼を持つなど、屈辱でしかないと考えていたのですが…。

《其の参》

あの方が様々な意味で反復を繰り返したのは、自己の増殖を指向したからではありません。むしろその逆です。欲望と恐怖が背反の裡にあって限りなく昂進していく様を記号化することで脱力を図り、これを形式値に変換したのです。さらに、そこに無価値の裁定を下すことで己れを否定し、消滅させたのです。

《其の肆》

そもそも番外地の住人からすれば、在り来たりの日常でしかないものが前衛だなんてちゃんちゃらおかしいし、そんなもの、本当は百葉箱の中に仕舞っておけばいいんだわ。彼女が今、消費されるのは、地を返し、裏を返して、さらにムーンサルトでも披瀝しない限り、誰も振り向かないような世の中だからよ。

《其の伍》

僕は過去に一度、カボチャおばさんから手紙をもらったことがあるんだ。そこには句読点も改行も一切無いんだよ。まるでお経のような文面なんだけど、大事なことはその中に人間の抱く感情の全てが書かれていたということなんだ。僕は後にも先にも、そんな手紙を読んだことがなかったから、すっかり驚いてしまってね。それから、僕は変わったんだよ。海みたいに優しくなれたのさ。

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