思いやりを 発揮する
1歳半の孫が昼寝から起きた。
起きた孫を、妻が公園に連れて行った。
私の休憩時間だ。
私は、絵を描くことにした。
2階の部屋で、描きかけの絵に向かって筆をとる。
しばらく描いていると、
玄関の前を通る怪しい音。
ザクッ、ザクッ、タッ、タッ。
ん、なんだ?
足音を立てずに、
それでもなんとなく急ぎ足。
私は、絵筆を握ったまま、
2階の窓からそっと外を覗いた。
人影が玄関前を通り過ぎて倉庫の前へ。
緑の縞模様のクロネコ宅急便さんだった。
いつもの青年だ。
彼は、うちの倉庫を静かに開け、
中に荷物をそっと置いていた。
私は、下へ降りて玄関を開けた。
彼が、私に気が付いた。
そっと足音を消しながら近寄ってきて、
マスクに指を当てて、すごく小さな声で
「いつも、ありがとうございます」
と頭を下げて言った。
こちらもつられて、小さな声で
「ありがとうございます」
と言って、見送った。
ん? 今のは何だったのだろうか。
家に入ろうとしたとき気が付いた。
玄関に
「只今、赤ん坊が寝ております」のステッカーが
掛かったままだ。

『 配達、ありがとうございます。
只今、赤ん坊が寝ています。
恐れ入りますが、チャイムを押さず
荷物は、左奥の倉庫にお願いします。
印鑑は、倉庫の中に置いてあります 』
孫が起きたら、いつもは外しておくのだが、
今日は忘れていた。
ごめん、働く青年よ。
気を遣わせてしまった。
彼は、トラックをちょっと離れた場所に止めていた。
走って乗り込みエンジンをつけた。

クロネコ宅急便のトラックは音がでかい。
ここは静かな住宅街だから、
特に大きく感じるのかもしれないが。
寝かしつけで、近くを抱っこして
歩いているときなどにトラックを見つけると、
私は寝ている孫の耳をふさぐ。
とくに、クール宅急便の音がでかい。
後ろのドアを閉めるときなどは、
何事かとびっくりするくらいの音だ。
ガアーーーーッ、ドン!
「クレ556」をさしてほしい。
エンジンをかける時の音も大きい。
グッ!、グガガガアーン。
大人には「でかい音」ぐらいですむが、
寝ている赤ん坊にとっては爆発音だ。
このごろ、私の玄関に、
あのステッカーがつるしてあるので
青年は、私の家からわざわざ少し離れた場所に、
トラックを停めて
私の家まで走ってきてくれたんだな。
マニュアル通りではなく
マニュアル以上の気配り。
丁寧で誠実な働きぶりは
見ていて気持ちがいい。
『 仕事は、思いやりを発揮するところだ 』
というのは、ほんとうだろう。

私は、彼を追いかけて、
冷えたリポビタンDを
1本、渡した。
